第1解  _出会い_







             冷たい…
             暗い……
             雨…?




           私、コッチに来ても変わりないのね……











 少女は細いひざを抱えた。少し緑の混じったショートの髪から雨のしずくが流れる。着ている服は長い間外にいたせいでずぶ濡れだった。でも木陰にいたおかげで少しはマシなようだった。
 とても静かだった。雨音しか聞こえず他の一切の雑音が聞こえない。
 少女は白くなる息を吐き出した。しばらくそのままでいると、遠くから足音が聞こえてきた。軽やかな足取りは少女に影を作ると、立ち止まった。
「どうしたの?」
 少女はゆっくり顔を上げた。その先には無邪気な少年の笑顔があった。
「迷子?」
 少女は首を振った。
「風邪引くよ?」
 少女はまた目の前の少年に首を振った。
「声…出せないの?」
 また首を振る。
 どうしてだろう。元気がない。それに長くここにいたのか、全身ずぶ濡れだった。
「誰か待ってる?家は?」
 首を振る。
 どうしてだろう。
「ね、じゃ、家に来ない?」
「え?」
 思いがけない言葉だったのか、明らかに少女の目に驚きの色がうかがえる。
 どうしてだろう。なんかこの人を放っておけない。
 ラシルは目の前にいる少女と同じ目線になるようにひざを曲げた。
「ね?いいと思うんだけど?」
「えっ。でも…」
 難色を示す少女にラシルが手を差し伸べた。
「行こう」
 ラシルは少女の手を摘むと勢いよく引き上げた。少女の小さな抵抗はラシルの前では虚しく、二人の雨音が二人を導く。
「かあさーん!」
 ラシルは自分の家へまっすぐに向かうと、玄関のまで声を張り上げた。すぐに返事とともに、タオルを持ったラシルの母が現れた。
「今度はなにを拾ってきたの?また犬?それとも…」
 玄関を開けた母にラシルがヘヘと笑う。母は少女を見て開いた口がふさがらないでいた。
「今度は彼女ね…」
 母がため息混じりにタオルを放り投げる。 ラシルは慌てて否定をする。しかしそれを軽く母は受け流すと、少女に優しく微笑みかけた。
「ゆっくりしてってね」
 少女は戸惑いながら受け取ったタオルで体を拭き始めた。
「あ、家は変な人がいるけど、気にしないでよ」
「別に…いいの?私なんかが…」
「いいんだよ!変に気を使わなくていいから」
「でも……」
「いいからいいから」
 ラシルは強引に少女を家の中へ連れ込む。しばらくして二人が台所へ呼ばれた。
「ご飯、食べましょっか」
「はいはい。座って」
 完璧にラシルのペースで少女は流される。そのままイスに座って食事を勧められる。少女は他にどうすることもできず、素直にイスに座った。
「名前はなんていうの?」
 何気なく聞いたラシルの母の問いに、ラシルが頷いた。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったね」
 興味津々の目で見られ、少女は一瞬ためらった。
「…ミイネ」
「あら、可愛い名前ね」
 母がテーブルの上にパンを置く。それを手で取ると、一つをミイネの皿の上に置いた。ミイネはおずおずと口に運んだ。温かい、焼きたての香ばしい感触が口に広がる。
「俺はラシル。ね、ミイネはどこから来たの?」
 また興味がミイネに注がれる。
「私は……わからないの」
 少し、温かい料理に反して沈黙が流れた。
「わからない…?」
「きっと記憶喪失ね」
 首を傾げたラシルに母が助け舟を出した。
「きおくそうしつ…ミイネ、どこまで自分のこと覚えてるの?」
「名前だけ」
 暗く伏せたミイネに合わせるかのように、その場の空気も重くなる。
「だったら、明日連れてってあげたら?」
「うん!わかった!」
 急に元気付いたラシルが不思議で、その顔を見つめる。
「あ、そっか。知らないんだったよね。明日は吉日だんだ」
「きつじつ?」
 ラシルは話しながらスープを口に運んだ。
「そ。数百年に一度、ラモン様って言う昔の救世主様が決めた日に、世界を統べる王が選ばれる日のことを言うんだ。俺達の住んでいる世界が「テミル」で、隣の世界が「ダイトル」。 それぞれの世界から一人の次王が選ばれて、二つの世界の中心にある、今の王がいる所に行くんだ」
「世界が二つ…?」
「うん。昔は一つだったらしいけど、なんかの災いで土地が荒れたとき、ラモン様がもともと一つの世界を二つに分けることで、世界を救ったんだ」
「ふぅん…」
 ミイネは一通り聞き終わると、自分の為に用意してくれた食べ物に手を伸ばした。
「きっとあなたにもラモン様の加護があるわ」
 ラシルの母が優しそうに言う。
「ただいま〜」
 玄関から太い男の人の声がした。
「あ!父さんだ!」
 ラシルが玄関へ飛び出していった。



 昨日の陰鬱 (いんうつ) な雨が上がり、水溜りに太陽の光が反射して眩しい。ラシルの住んでいる村人と、他所から来た人で一歩前に進むのがやっとなくらいだ。ここにいる全ての人が今日という日が訪れるのを首を長くしていたのだ。
「賑やかなんだね」
 ミイネが呆気にとられて立ち尽くす。
「まぁね。吉日って毎年やっているものじゃないからね」
 ラシルは嬉しそうに笑う。朝からこの調子で足元が浮きっぱなしだ。
「じゃ、お祈りしに行こうか」
 ラシルは目の前の建物を見る。人々の流れの中心でもある、白い教会のような神聖な建物が通りの中央に堂々と建っている。白い壁の所々にある青いガラス窓が、余計に神聖さを増して見えた。
「うん」
 ミイネは返事をするものの、無事に建物までたどり着けるか分からなかった。人を掻き分け、やっとの思いでたどり着くとミイネはハッと息を呑む。
 青のガラスで統一され、光が反射してキラキラときれいだ。外の喧騒を一切遮断して中は自分の足音さえ響くくらいに静かだ。
 ラシルはつかつかと先に進むので、ミイネは目移りしながら静かについて行く。
「この像がラモン様だよ」
 自然と小声になったラシルが教えてくれる。白い石で彫られた像は、背中に羽が生え、ゆったりとした服を (まと)ってどことなく幻想的だ。
「こうやって膝をついて、手を合わせるんだ」
 ラシルがミイネの見本となるように片膝をついて両手を合わせる。ミイネはまねをする。
 ラシルが目を閉じ、何か考え深げになってミイネは自分もまぶたを閉じて祈り始めた。再び開けるとラシルが顔を覗き込んでいた。
「もういい?」
 あまりに近かったので仰け反りながら頷く。顔が自然と赤くなる。
「じゃ行こうか」
 ラシルが立ち上がりまた外へ向かう。ミイネも立ち上がると後についていく。外に出るとまた喧騒が帰ってきて一瞬耳が痛くなる。ラシルは適当なことをで立ち止まると、さっきまでいた建物の頂上を見つめる。
「あそこに次の王が誰なのか言う使者が来ることになっているんだ」
 目をらんらんと輝かせてラシルが教えてくれた。もうラシルは他の人と同じようにそこの一点を見つめ続けていて、ピクリとも動かない。
 カラーンカラーンと建物の頂上にある鐘が乾いた音を告げ、今までの喧騒がさっと静まり返る。ミイネも他の人と一緒にその鐘の上を見つめる。
















「ラシルさんは…」
「ラシル、でいいよ。で?」
 いきなり呼び捨てはどうかと思い、少し間を空けた。
「…ラシルはどうして王になりたいの?」
 ラシルがうーん、と唸りだした。
「小さい頃から考えてたことだから、うまく言えないな……うーん、憧れ、なのかな?」
 逆に問われ、ミイネは固まってしまう。
「わかんないよ。もうそんなのどうだっていいじゃん。もう王に選ばれたんだから!」
 ラシルはアハハ、と笑い飛ばしてしまう。