じゃ、俺たち付き合っちゃう?

















 高校に入って初めてのクラス企画。県内だけど泊りがけの旅行のとき、私は思い切って壮真君(そうま)に告白した。
 初めて会った私達は、教室の席が隣だったことで、少しだけ他の人よりは仲がが良かったと思う。それに、学校に知り合いのいなかった私にとって初めて声をかけてくれたのが壮真君だった。そんな優しい彼に、いつの間にか「クラスメイト」ではなく「男の子」として見始めていた。
 その壮真君を目の前にして、心臓が口から飛び出そうとしている。
 言わなきゃ…今日こそ、絶対に……!
 何度も傷つくことを恐れて開きかけた口を閉じたことか。傷つくのは嫌だけど、このままの関係でいるのも嫌だった。
「私っ!壮真君のことが……好きなの!だからっ…付き合ってほしいって言うか、その……」
 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。壮真君はさっきから私が言い出すのを黙って待っていてくれていた。
 その壮真君はふっ、と笑うのを感じた。
「じゃ、俺たち付き合っちゃう?」
 はっと顔を上げる。ちょっと照れたように笑う壮真君がそこにいた。
「う、うんっ!!」
 私の恋は実ったのだ!!





「おーい!奈美(なみ)ー!!」
 後ろから声が聞こえてきて振り向くと、壮真君が走りながら私に手を振っている。
「早くー!!」
 私もつられて手を振りながら答えた。
 朝一緒に学校に行こう?、と奈美が聞くと、壮真君は二つ返事でいいよ、と言った。二人とも学校までは歩いていくのでさして問題はなかった。
「お前来るの早すぎ」
 ちょっと息を切らした壮真君が私に言う。
「壮真君が遅いんだよ!」
「ぁ、ひっで。俺だって早く起きてるんだぜ?」
「そーなのーー?」
 からかうように横目で見ると、案の定壮真君は奈美に食ってかかってきた。
「こんのーー!」
「きゃーー!」
 壮真君が両手を振り上げるから、奈美は声を上げて笑いながら先を走っていく。
 壮真君はちょっとからかってやるといつもムキなって返ってくる。奈美にはそれが面白くてたまらなかった。
 彼といる時間が楽しくて仕方がない。こんなに楽しいのならもっと早くに彼に自分の気持ちを伝えるべきだったと少し後悔なんかもするときだってある。
 学校にいるときは周りの目もあるし、極力べたべたしないようにしてはいるものの、結局そうなってしまう。休日にはお互いの家に遊びに行ったり、映画を見たり、ショッピングに付き合ってもらったり…一緒にいる時間がとても長く、楽しくなった。
 昼休みになって、私は壮真君を探して小走りになっている。特に話したいことがあるわけではないが、一緒にたわいもない話をしたい。そう思って私は屋上へ向かっている。壮真君はたまに友達と一緒に屋上でお昼を食べるときがある。友達と一緒にいるのにお邪魔かな、と思いながらも彼と一緒にいたい一心で屋上までの階段を一気に駆け上がる。彼のことを思うだけで楽しくて仕方がない。屋上に着くと開け放された扉の向こうに彼の姿はなく、きっと裏手にいるのだろうと扉を抜けたとき、壮真君と友達の話し声が聞こえた。半分ふざけたような、たわいもない声が。
「え?あぁ、別に」
「別にってお前……好きだからオッケーしたんじゃないのかよ」
「あぁ。あいつとだったら別に付き合ってやってもいいかな、って思っただけだよ。お前だって……」
 笑いながら、言っていた。当たり前の会話のように、笑いながら。
 奈美はぼやける視界の中で走り出した。行くあてなんかなかった。どこでもいい。やっと見つけられたと思っていた自分の居場所は、もうなくなったのだ。





 その日の残りの授業は受けられなかった。涙が止まらず、こんな状態で授業なんて受けられるわけがなかった。校内にいて壮真君と顔を合わせたくなかったのでそのまま家に帰ってきてしまった。そしてそのままベッドに倒れこむ。
 何も思いたくない。何も感じたくない。何も、何も……思い出したくない。
 再び滲み出した涙がとどめなく溢れてくる。
 いつも、一人で泣いた。誰も、私のそばにいてくれる人なんていなかった。与えてくれる人なんていなかった。だから、求めるより、与えるほうばかりに考えてた……
 愛されるよりも、愛したい。
 愛している、という想いを押し付けすぎて、結局相手のことなんて考えていなかったのだ。だから……壮真君が何を考えていたのかを考える余裕がなかった。
「私…本当に、バカ……」
 生まれてこの方好きだよ、とか、愛してるよ、とか言われたことがないのに、どうして自分は好かれている、なんてことを思ったのだろうか。自分は好かれていると思い込んで、一人で浮かれて、相手のために、と勝手に喜んでもらえるともってなにかして………全部迷惑でしかなかったのに。
 急に眠気が襲ってきて、奈美はそのまま寝てしまった。





 さら、と誰かが私の髪を撫でている。
 そんなことをしてくれたのは本当に、本当に小さいときに一回だけだった。
 家族で外に遊びに出かけたとき、うとうととお母さんの膝枕の上で寝たとき以来だった。
 あの時のお母さん、なんか……とても幸せそうで、起きた私もなんか幸せな気分になった。
 もう、あの時の気持ちは戻らない、と思って、眠りながら涙がこぼれた。
「おぃおぃ、寝ながら泣くなよ」
 すぐ近くで聞き覚えのある声がして、私ははっと起き上がった。
「な、なんでここに壮真君がいるのよ!!」
 私の目の前に、へらっとした壮真君がベッドの脇に膝をついていた。
「だってお前午後から授業サボるし、なんか学校にはいなし、気になったからここに来てみれば家のカギが閉まってなかったし、んで、家の人誰もいなかったみたいだから勝手に上がらせてもらった」


 ―――気になったから


「……んで…………」
「ん?」
 なんでそんなこというの?だって、だって…………
「なんで、来た、の?」
「だから気になっ」
「なんで気になんかなるのよ!」
 思わず声を荒げる。へらへらと笑っていた壮真君の顔が一瞬に強ばった。
「なんで…?どうして……?好きでもない相手をどうして気になんかできるのよ!!優しい言葉をかけるのよっ!!」
 壮真君は目が点になったままだ。
 さしずめどうしてそんなことを知ってるのか、とでも言いたいのだろう。
 そう思うとはらわたが煮えくり返りそうに、イライラしてきた。
「私のことなんて好きでもなんでもないのに付き合ってたんでしょう!?昼間そう言ってたの聞いちゃったんだから!」
 壮真君の顔が驚きから凍てついたように表情がなくなった。
「…って」
 怒りと悲しみで声が上手く出せない。再び溢れてきた涙がシーツに染みを作る。
「出てってよ………」
 やっとの思いでそう搾り出したあと、壮真君は静かに奈美のもとを離れた。





 次の日は仮病を使って学校を休んだ。気分がめいっていたことは本当だが、壮真君と顔を合わせたくなかった。
 好きでもないなら、ちゃんと断って欲しかった。
 勇気を出して言ったあの日のことが何回も浮かび上がっては、悲しみで覆い隠した。
 好きな人を失った虚無感。その人に裏切られた悲しみと怒り。
 奈美の心を表しているかのように、外は大きな雨音が外から聞こえる。
「奈美ちゃ〜ん」
 コンコンとドアを叩く音と義母(おかあ)さんの声が聞こえた。
「外に男の子が傘も差さずに奈美ちゃんの部屋の方をじっと見てるんだけど、知り合いの子?」
 男の子…?
 はっと締め切ったカーテンを少しだけ開けた。雨に打たれてびしょ濡れの壮真君がじっとこちらを見上げていた。
 奈美はぎゅっとカーテンを握り締める。
「知らない子……気味が悪いよ」
「そう?じゃぁいいけど……お母さんこれから仕事だからいなくなるけど平気?」
「うん。大丈夫」
「そう?行ってくるわね」
 玄関のドアがバタンと閉まる音が聞こえた。義母さんは横目で壮真君のことを見ただけで、その横を通り過ぎていった。私はそれを見届けるとその場に膝をついた。
 なんで……いるの?
 涙が溢れた。それは悲しいものでなく、彼に好かれていない、と分かった今でもまだ彼のことが好きな自分に対しての涙だった。彼の姿を見れたことが素直に嬉しかった。こんなにも彼に傷つけられたのに、彼がまだ恋しい。





 それから数十分した後にもう一度外を覗いてみると、まだ彼はそこにいた。
 …………
 奈美は握り締めたカーテンを離した。





「風邪、引くよ?」
 自分は傘をさし、彼の前に立つ。彼はひどく疲れているような様子だった。
「………うん」
 彼はそう言って口を閉じる。私も何も言うことがないのでそのまま黙り込む。
 鉛色の沈黙が雨音に混じって二人の辺りを漂う。
「あの時の言葉は、うそじゃない」
 ズキン、と心の奥が軋む。
「だけど」
「聞きたくない」
 彼の言葉をさえぎる。子どもがいやいやをするように首を横に振る。
「そんなの、聞きたくない」
「最後まで聞いて欲しいんだ」
「聞きたくない!!」
 もう、いい。言いたいことはわかっているから。それ以上言ったら、本当に……壊れてしまう。
 奈美の言葉が雨音に吸い込まれ、静寂が放たれた。
「……どうして、そんなに優しいの?」
 震えた声がやっと奈美の口から紡ぎ出された。
「壮真君って、みんなにそう優しいよね。嫌なことがあってもやんわり引き受けちゃうし。本当……そんなの、壮真君にとってはなんでもないことだったのに……それなのに一人で舞い上がってて…バカみたい」
 壮真君はうつむいたままだ。そんな壮真君を私はじっと見つめた。
「壮真君ってさ、誰かから告白されたこととかあるでしょ」
 蔑むような、見下したような眼差しを壮真君に向ける。
「今まで言われた人にも、そうやって返事してきたんでしょう?いい身分ね。楽しかったでしょう?そんなことしてて。相手の気持ちなんて何にも考えてなくてさ。あなたの優しさなんて、所詮 上辺 (うわべ) だけなのよ」
「………今までに告白されたことなんてないよ。それに……奈美に優しくしてたのは本当だし」
 そう、壮真君は悲しそうに言って、私のもとを去っていった。





 次の日、私は学校に行った。壮真君はあの雨の中で風邪を引いたらしく、学校には来ていなかった。
 壮真君が残していった言葉は奈美には理解できないものだった。否、理解しようとしたくない言葉だった。だから今でも極力考えないようにしている。
 私はどうしたらいいのかわからない。壮真君とこれからどう付き合っていったらいいと言うのだろうか?昔のようにただのクラスメイトとしてなんて接することができない。
 あれやこれやと悩んでいるうちに時間が過ぎ、次の日になって壮真君が学校に登校した。どことなく居心地が悪くて私はただ彼を避けるばかりで、私に何か言いたそうに口を開いた瞬間に私は逃げるように彼から離れた。彼の淋しそうな眼差しから逃げるようにして………
 そんな生活が何日か続いた頃、下校途中で私の携帯が鳴った。携帯の画面を見て私の動きが止まる。
 ………壮真君……
 メールアドレスを変えるのを忘れていた。と言うか、そこまで頭が回っていなかった。
 着信されたメールを開いてみる。ボタンを押す動きがのろく、力が入る。

『教室で待ってる』

 と、それだけの内容。奈美ははっと振り返った。ここからは自分の教室は見えないが、彼は私の姿が見えるから今メールを送ってきたのだ。メールを見ているのを知ってて帰れない。逃げたい、と自分の足は校門の方へと向かいたがるが、自分の心は彼に会いたいと足を教室に向かわせようとしている。
 ………もう、自分のなすように任た。





 授業も全て終わり、部活に行くか帰るかで教室には壮真君以外誰もいない。
 私は壮真君と二人きりの教室にいる。
 お互い無言のままだ。
「来てくれないと思ってた」
 ちょっとはにかむように壮真君が最初に口を開いた。私はそれに聞き取れないくらいの小さな声で相槌を打つ。
「あのさ………頼みがあるんだ」
 何?と私は壮真君の目を初めて見る。

「今までのことなかったことにしてほしんだ」

 ズキ、と何かに針で刺された。血が止まり、音が聞こえなくなったような気分に襲われる。
 やっぱり………
 唇を噛みしめて私はゆっくり頷いた。
 もう………

 頷いた私を確認すると、少し離れた所にいた壮真君は私に近づいてきた。そして囁くように私に言った。


「奈美のことずっと前からスキだったんだ。付き合ってほしい」


 はっと私は壮真君を見つめる。彼は恥ずかしそうに私に笑いかけていた。
「奈美に告られたときは、よっしゃっ!て感じで嬉しかったんだぜ?それに、前にお前がお前のことなんて好きじゃないって聞いたことは、……俺、友達に言うの、なんか恥ずかしいっていうか……その、なんつーか?その…くすぐったいっていうか……だから他のヤツにはお前の事スキだって言ってないんだ。それで、その……」
 あたふたと言う彼が、なぜかかわいく思えて思わずぷっと笑ってしまった。
「あ、ひでーなー」
 ちょっとむくれた彼。それもまたわかいくて……
「……ね、もう一回、いって?」
 え、と彼が驚いたような表情になる。それでも顔を紅くしながら改まって、

「スキだよ」

 そう言ってくれた彼に私は今までにない最高の笑顔で答えた。












2006.08.09





  あとがき    みないなもの
 この小説で一番書きたかったのは彼の裏切り〜仲直りまでの彼女の心境です。なので前半はこじ付け、というかさらさらとながしてしまいました。 不満があればBBSまで受け付けてます。(;^д⊂)”