第2解 _霧と声_
しばらくして、まだ日が昇るには時間があることから、それまで野宿すること
になった。起こした火はすでに燻
り、二人の身体には冷たい朝露が乗っかっている。
静けさが漂う中、二人の近くで休んでいたリースの馬の耳がピクリと動いた。
それに連動して小枝が折れる乾いた音がした。
キィーン……
「くそっ!」
静寂を破る人の声と、刃物が弾かれる音がそこに響いた。刃と刃が擦れあい火
花が空気を震わす。リースはいきなり襲いかかってきた相手の攻撃を受け止め、
その刃を払う。相手はリースから飛び退くと、体勢を整え武器を構えた。
「復讐か?」
「ま、そんなところだ。昨日は俺に散々恥じをかかせてくれたからな」
男が不適に笑う。昨日二人に絡んできたあの男だ。相手は狙いを定めるとリー
スに飛びかかる。リースは自分の長い剣を振り、その攻撃を流す。寝込みを襲っ
てすぐ片づくと思っていた相手は、なかなか倒れないリースに動揺を隠せないで
いた。リースはその気の緩みを見逃さない。
相手の太股目がけて刃を払う。血が縦に走った。
「ぐっ……」
一瞬の隙を突いたリースの一撃が相手に飛びかかる。相手はその拍子に地面に
膝を突いた。リースは相手の血が付いた刃を鞘に納めると、相手に背を向けた。
「もうわかっただろう。二度と邪魔をするな」
「うるせぇ!」
相手は勢いに任せて立ち上がるとリースに切りかかる。荒っぽい攻撃は簡単に
リースに躱されてし
まう。相手は当たらない攻撃にますます腹を立て剣を振り回した。
「そろそろ終わりにしないか?」
「黙れぇぇ!」
リースはいい加減男の相手に飽きて、鞘に納めていた剣を抜く。それが弧を描
いて相手を襲い、相手の剣が遠くの地面へ弧を描いて突き刺さった。
「去れ」
リースの鋭い眼光が相手を縛る。その目を直視した相手はそのまま動けず震え
てた。
「……?」
ようやく物音に気づいたシテが身を起こした。二人がそれを見、同時に動いた
。
「動くなよ」
ややシテの近くにいた男が、隠し持っていた銃口をシテの頭に押し当てる。
間に合わなかったリースは、踏み出した足をそのままにして微動だにしない。
シテは男の顔を見、リースの血の付いた剣を見て、息を飲んだ。
「はっ。お目覚めかい?」
男が息を整えながらシテを覗き込む。額から汗が流れている。かなり緊張した
のだろう。シテは何も答えず、リースを見た。
「まず、下ろせや」
男がリースを顎でしゃくる。リースは男を睨みながらゆっくり剣を下ろした。
「よぅし。今度は俺の剣を取って来てもらおうか?」
シテもリースも、今この男に逆らえばシテの命が危ないことはわかっている。しかしいつまでも言いなりにはならない。
リースはシテの目を見つめる。シテはそれに気づいて小さく頷いた。
隙を見て逃げろ。ね。
自信はないが、シテはリースが言わんとしていることを読み、背にいる男の様
子を窺う。男はリースを視線で追い、シテに向けている銃口が少し下がった。
今っ!
シテは男の銃を下から払い上げる。衝撃で銃を落とした男は慌てて拾おうと屈
んだ。リースは銃が離れた瞬間、自分の剣を拾い上げた。
「死ぬ、か?」
リースが不適に笑う。男から離れて、その笑みを見てシテは感覚を全て殺され
たように思えた。体温が奪われ、動きが縛られた。
男も同じらしく、喉仏に突き突きられた剣先を見つめたまま動けないでいる。
リースは男がこれ以上向かって来ないことに満足すると、剣を納めた。
「行くぞ」
背を向け、シテを促す。ようやく自由になったシテは立ち上がった。去り際、
ちらっと男の様子を盗み見た。茫然と焦点の合わない目で在らぬ方を見ていた。
二人は馬に乗ると、進み出した。朝日はそろそろ顔を出そうとしている所で、
まだ辺りは暗い。シテはユラユラと馬に揺られて再び眠気に襲われた。はっと気
づくと、身体が半分傾いていた。
慌てて身体を起こし、辺りの様子を窺う。少し木がまばらになってきたような
気がする。
「もう森を抜けた?」
少し先を行くリースに尋ねる。
「いや。まだだ。なんだ?また寝てたのか?」
「ぅ……」
寝ちゃ悪いの?そりゃあなたみたいに起きられないけど……
「リースは眠くならないの?」
「……あぁ。慣れた」
「慣れ?前から旅してるの?」
「あぁ……」
なんとなくそれ以上聞きづらい空気が漂って、シテは口を閉じた。
「いつからあそこにいたんだ?」
少し進んだ時、リースが振り返ってシテを見た。シテは自分に聞かれたことに
気がつかなかった。ややあって、はっと顔を起こした。
「え、何?」
「……なんでもない」
リースはじっとシテを見た後、再び前を向く。
シテはどうしてもリースが言おうとしたことが気になって、リースの馬の横に
つき、リースの顔を覗き込んだ。
「なに〜?」
リースは軽く息をつくと閉じていた瞼を開けた。
「いつから一人であそこにいたんだ?」
あそこ、か。
シテはリースから離れると、小さく首を傾げた。
「う〜ん?自分で今思うと、どうしてなんだろう?」
「あそこにいたかったのか?」
「まさ……か?」
始め物凄い形相で否定したが、後になってまた首を傾げた。
「う〜ん……なんて答えたらいいのか解らないから、答えが出たときに教えてあ
げるよ」
シテはリースに微笑みかけると、そっとまた離れた。
正直、他人に話していいものかと迷った。これは親族の問題だから……
目の前で、それは起った。
あの人が、倒れていた。
隣には手を震わせているシテと同い年のこどもがいた。
衝撃と、悲しみで自分は何もできなかった。
あの時、何かしていれば……