No.0 「ありがとう……」
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「ヒュウヒュウ!」
軽快な口笛が鳴り、段上で踊っていた女の姿をした人があおられた。それを、遠くから酒を片手にカリオスとソーサ、隣のテーブルにエルがいた。
「あれがワイスとはね・・・・」
ソーサが呟いた。それにカリオスがフッと笑った。
「人生色々、だな」
カリオスは一口お酒を飲んだ。
「ほらほら」
「ちょっとハリス、引っ張んないでよ」
ハリスがヒスリアを連れて、エルのテーブルに向かってきた。
「エル」
エルは呼ばれて振り向いた。そこには、金色の髪の毛を腰まで伸ばし、ドレスアップして恥ずかしそうにもじもじするヒスリアがいた。
つい見とれていたエルは、ハリスが話しかけるまで気が付かなかった。
「踊ってらっしゃい」
エルは我に返ると、ヒスリアの手を引いた。
「行こうか」
ヒスリアはためらいがちにエルの手を取った。
「ふう。やれやれですわね」
同じくドレスアップしたハリスが、エルの座っていた席に着いた。やはり着慣れているせいか、ハリスのドレスは、よく似合っていた。
「お疲れ様」
ソーサがハリスに言った。ハリスはソーサに微笑んだ。
「でも、良くこんな短時間で再興できましたわね」
ソーサはグラスを持った。
「それはハリスのおかげだ。ハリスが国王に頼んで、人材と道具を送ってこなかったら、こんなに早くできなかった」
ハリスは楽しく踊る村人を見据えた。
「どれくらいでしたっけ」
「半月は経ったな」
「もう、そんなにするんですの?」
「ああ」
ソーサも村人に目を向けた。
「今、こうしていられるのも、ハリスのおかげだ」
「待ってください!」
ハリスがソーサを見た。
「私の方が礼を言わなければなりませんわ。あの時、ブークストーンを私にくださったから、今が成り立っているんですもの」
「ブークストーン・・・・それをどうしたんだ?」
カリオスがハリスに聞いた。ハリスは座り直すと、自分の所に向かってくるユエを見た。
「父上と交渉したんですの。この石を使わせて上げますので、ソーサの村の全面的にバックアップしろって」
「ほう・・・・けっこうやるな」
ひらひらした服を着たユエが、カリオスに抱きついた。
「お久しぶり〜!」
カリオスはユエを放した。
「・・・・ユエ、毎度思うんだが、会うたびに抱きつくな」
ユエは首をかしげた。
「どうして?ユエの愛情表現だよ」
カリオスは素直な返事を聞かされ、言い返せなかった。
「ユエはお店を持てたんですの?」
「うん!イストロイドはそこでお留守番」
ユエがカリオスから離れて、ハリスの近くに座った。
「ソーサ村長が作ってくれたの」
「おいおい!」
ソーサがユエに向き直った。
「いつから誰が村長になったんだ?」
ユエはクルッと頭を回すと、ソーサを見た。
「みんなが言ってるよ。ソーサが村長だって。ねーみんな!」
ユエの言葉に、近くにいた村人が声をあげた。それにソーサが立ち上がった。
「待ってくれよ!そんなことできるわけないだろう!」
「なんで?」
フェクスンが人垣から現れた。
「あ、フェクスンじゃありませんの」
フェクスンがカリオスの隣に座った。
「いいかげん認めたら?」
「そうだよ」
「でも・・・・」
ユエとフェクスンに言われたソーサだが、どうしても認められない様子だった。
「ソーサ」
ハリスが何かたくらむような眼差しをソーサに投げかけた。
「借金をチャラにしてあげますから、あなたが村長になりなさい」
「うっ・・・・・・・」
ソーサは顔をしかめた。
「借金って、いくらなの?」
「百万?」
「うそ」
カリオスの答えに、フェクスンとユエの口が開いた。
「本当ですわ。この際、私ががめつくなる前に、決めちゃったほうがよろしいですわ」
「そうだぜ」
いつの間に来たのか、ワイスがソーサの隣に立っていた。
「ほら、決めちゃえ」
ソーサはしばらく唸ったが、とうとう折れた。
「わかった。・・・・・・みんなが望むなら、それでもいい」
その言葉を聞いた瞬間、村人が総立ちした。そして口々にソーサの名前を叫んだ。
「行ってやれよ」
カリオスがソーサに言った。ソーサは言われて、ようやく歩き出した。
「わかったよ」
そして人垣の中に消えていった。
「いい村長になるな」
ワイスが今度はハリスの隣に来て言った。
「そうですわ。もう、モンスターに怯えて暮らすこともなくなりましたし」
ワイスがそっと膝をつくと、ハリスに手を差し伸べた。
「一緒に踊ってくれませんか?」
ハリスはパッと顔を赤くした。
「で、でも・・・・」
ワイスは微笑みながら言った。
「それとも、女装している奴と踊るのはいやか?」
ハリスはそう言われ、ワイスの手に自分の手を置いた。
「綺麗な男の人となら、踊ってさし上げてもいいですわよ」
ハリスはそう言って立ち上がった。
「じゃ、綺麗な女の人よ、踊りましょう」
ハリスは笑い出した。
「ええ」
そして人垣の中に消えていった。
「みんな行っちゃったね」
「なんか、あまり者の気がする」
「ま、今日は勘弁してやれ」
カリオスが残った二人をなだめた。
「今日はこの村の再興祝いなんだ。せめて・・・・」
カリオスの言葉を、二人は同時にさえぎった。
「こうなったら、食いつぶれてやる!」
「こうらったら、踊りつぶれてやる!」
フェクスンは皿に適当に盛り始め、ユエは人垣の中に消えていった。カリオスは軽くため息をついて、残りの酒を仰いだ。
「今日くらい、おれも浮かれていいだろ?」
カリオスは空に向かって呟いた。