NEOSU          The writer is 楼 羽青









                       No.11
 確認 確信











 「カリオス……カリオス……」
 優しい女の声がカリオスの耳に届いた。
『誰だ……』
 カリオスは目を開る。自分はどこか別な場所を浮かんでいるような、どこか不快な浮遊感に襲われた。
「カリオス……カリオス……」
 女の声はまだしている。
『誰だ―?』
 カリオスの目の前に、大きな鏡がぼぅ、と現れた。そしてその鏡には幼いカリオスの姿が写されている。
『これは…昔の……?この鏡は、過去を映すのか…?』
 カリオスが鏡の中の自分を見ると、頭が割れるように痛くなった。
『やめろ。やめろ!こんなものはもういらない。過去など、もう必要ないんだ……!』
「やめろ―――――!」
 カリオスはなだれ込む悲しみの痛みに叫び続ける――






















 『ここは……?』
 意識を取り戻したエルはゆっくりと辺りを見回す。まぶしすぎるくらいに白い 一面。そこにエルだけ立っていた。
『なんだ?』
 そこには「暗」と名がつくものが存在していなかった。光があっても影がない 。
「ここは……あなたの理想の世界です」
 突然声がした。
 驚いて辺りを見回すが、人影がない。むしろ孤独感に胸を襲われて誰でもいい から側にいてほしいほどだ。
「だれだ!」
 エルは叫ぶが、何も答えない。
「これが……あなたの世界です」
 エルは強く首を振る。
 こんな、誰もいないような世界、望むわけが無い。
「俺はこんな世界を望んでいない!」
 なおも声が、エルを諭すように反響する。エルは姿を見せない声の主が、自分のことを知ったような口ぶりで 言うのが癪に障る。
「ここはあなたの世界です」
「違う!」
 我慢できづに声を荒げる。
「あなたが作り上げた世界です」
「ちが―――う!」
 首を振り、力の限り叫ぶ。頭に血が昇り、咽が裂ける。
『違う!こんな、こんな世界は……もう―――いらない!』
「うわぁ―――あ!」






























「……っ」
 エルは身体が揺り動かされて目を覚ました。寝ぼける頭を必死に動かして、辺 りを見回す。目の前には心配そうに自分を覗き込んでいるハリス、フェクスンの顔、少し離れた所にソーサもいた。エルは夢のような光景でないことに内心、心をなでおろした。
「ここは?」
 エルは体を起こす。
「わたくし達、どうやらあの突風から助かったようですわ」
 瞼の裏に荒れ狂う竜巻が蘇る。掴みきれなかった、ヒスリアの手が……
 自分の手の平を見る。守るはずの、あの人の手を掴めなかった……
 エルははっと辺りを見回す。そしてそこに探し人の姿を見つけないと、張り裂けそうに締め付けられた心が、顔を強ばらせる。エルはそのまま全員の顔を見つめた。
「ヒスリアは?」
 全員がエルの顔を背ける。場の空気が重くなった。
『そんな……』
 エルは立ち上がるとふらふらと歩き出した。
「そんな足でどこに行くんだ」
 木に背をもたれていたソーサがエルの目に立ちはだかる。エルは無言でその横を通り過ぎる。
「探すんだ。ヒスリアを。みんなを」
 ソーサは再びエルの目の前に立った。
「よく考えるんだ。今自分のするべきことを。お前が寝こけている間、おれらは ずっとこの辺りを探したんだ。それでも他の仲間は見つからなかった。だとす れば、どこか他の場所にいるだろう。違うか?」
 エルはソーサの言葉に耳を傾けずにさらに足を進める。エルにソーサの言葉は届かない。今はヒスリアのことで一杯だ。
「エル!」
 ソーサが大声を出してやっとエルは立ち止まる。ソーサの大声はどこか張り詰めて冷たい響きがあった。
 気圧されたエルは一つ深呼吸してから振り返った。
「…っ!」
 ソーサに言い返そうとした口が、力なくつむがれる。ソーサの言い分は正しい。自分でもわかっているはずだ。しかし正直に受け入れたくなかった。
 エルは強く唇を噛みしめると、くそっ、と言葉を吐いた。
「……わかった。……これからどうしようか?」
 落ち着いたエルを見て、ハリスは顔を和ます。
「とりあえず、この泥を落したいですわ」
「僕も、僕も!」
「決まったな」
 ソーサは小さく呟くとエルの肩をポンと叩く。エルはそれを受けとると無 言で歩き始めた。そんなエルの背をハリスとフェクスンは不安な顔で見つめた。

 四人のいた近くに、小さな町があった。この町、チャキは宿屋と雑貨屋しかな い簡素な町だった。四人はそこの宿に泊まることにした。
「僕買い物に行ってくる」
 フェクスンがコポを持ち上げながら言うと、ハリスがフェクスンを見る。
「あら、ではわたくしも行きますわ」
 ハリスも出かける準備をすると一緒に部屋を出て行った。その様子をエルは窓辺に肘をつ きながら見送り、二人が出ていった戸からまた窓の外に目を戻した。
『…ヒスリア……』
 木枯らしが葉の少ない木々の間を駆け抜け目の前のガラスを叩きつける。い つの間にか冬の気配がすぐそこまで迫っている。エルは風に揺れる木の葉を見つめながら、その目はどこは遠くを見つめている。
『僕は君を……』
 胸を締め付ける感覚に耐えきれずエルは胸を押さえる。
 側にいることがいつの間にか当たり前になっていた。失うことなんてありえな いことだと思っていた。なのに……
 ぽっかりとエルの心に大きな穴を開けた何かがエルを包んでいた温もりを奪っ ていく。
 何かを考えるのが嫌になって、何も感じたくなくてエルは瞼を閉じて深い眠りに落ちていった。
「起きろエルー。晩御飯だぞー」
 フェクスンがエルの耳に大声で叫ぶ。寝むっていたエルは跳ね起 きた。肩が冷えて、身体が強ばって痛い。心も温かさを失ってすっかり冷めている。
 何かを考えることが面倒くさい。放っておいて欲しい。
 だんだん目が覚めてきたエルは、自分を揺するフェクスンの手を払い落とした。
 全てに関心が、なくなってしまった。
「痛〜!もう!エル!」
 関心を示さないエルをフェクスンは無理やり連れて行こうとする。するとエル はフェクスンの手を強く握ると突き飛ばす。反動でフェクスンは尻を床に強く打ちつけた。フェク スンはエルをおびえたような目で見つめる。それが逆にエルの神経を逆なでした。
「いらねぇ!先に食ってろ!」
 エルはフェクスンに目を合わせようとせず強くそう言い放つと、フェクスン に背を向けてベッドに潜り込んだ。しばらく物音がしなかったがフェクスンが静かに部 屋から出て行く音がした。
 フェクスンは夕食のテーブルでハリスに会うなりさっきのことを話した。途中 から来たソーサも話に耳を傾ける。
「おかげで、まだ腰がヒリヒリするよ」
 フェクスンは腰を擦る。
「フェクスン、今は我慢しなさい」
 ハリスが妙に落ち着いた声で言った。フェクスンはえ、とハリスを見る。ハリスならエルを叱るようなことを言うと思っていたのに、逆にエルの肩を持つような発言をしたのだ。ハリスは少 し目を伏せ声のトーンを落とした。
「エルは今、ヒスリアがいなくて自暴自棄になっているだけですの」
「じぼうじき?」
 フェクスンがくり返す。
「そうですわ。早く言うと、やけくそですわ。それにしても」
 ハリスがフェクスンの顔を覗き込んだ。
「今まででしたら、手が出るなんてことなかったのに、珍しいこともあるのね」
 ハリスは優しく微笑む。フェクスンはため息を一つ吐いた。
「今までエルがエルの全部じゃなかったんだよ。誰にだって見かけや今までの性格と離れていることをするさ。僕だって、何でもできる万能人間でいるわけないじゃんか」
 フェクスンの声のトーンが落ち、ハリスはいつもと違うフェクスンに何か違和 感を覚える。そのことを聞こうと口を開いたとき、今まで黙っていたソーサがガタッと席を立った。
「あら、もういいですの?」
 ハリスはソーサを少し不安気に見る。ソーサは振り返った。
「しばらくエルを連れ出すが、心配しないでくれ」
 ハリスはじっとソーサを見つめると小さく頷いた。ソーサはゆっくりとエルの部屋向かう。その姿を見 送ったあとフェクスンがハリスに耳打ちした。
「ソーサ、相変わらずだね」
 ハリスは顔を綻ばせてクスッと笑った。
「そうですわね」





 バン、という音がエルの部屋に鳴り響く。ソーサはいきなりエル部屋の扉を開けた。一人( たたず)んでいたエルはソーサを見て目を丸くした。ソー サはつかつかとエルに近づくとその胸ぐらを掴んでエルを立たせる。エルの表情がさっと驚きから 不快に変わった。高ぶる感情が怒りになる。 「なんだよ!」
 エルの怒鳴り声に動ぜず、ソーサはそのままエルを外へ連れ出す。
「なんだよ!放せ!」
 外に出るとソーサはもがくエルを地面に突き飛ばした。勢いでエルは地面にう つ伏せになる。
「剣を抜け、エル」
 ソーサは自分の武器である銃を抜き、銃口をエルに向ける。エルはゆっくりと立ち上がると、腰にさしてあ る剣に触れる。その目はソーサをきつく睨む。
「どうしてソーサと戦わなきゃいけないんだ!」
『どうして一人にしてくれない?……苛立つ。放っておいて欲しいのに、いったい何の為に?』
 ソーサは問答無用と言わんばかりにエルに攻撃を始めた。銃弾はエルに向か い、エルはそれをさっとかわす。銃声が何発もエルの耳に届く。それでもエルは剣を抜 かなかった。
「本気で行くぞ」
 ソーサが銃を地面に放り投げた。エルは瞬時に後ろに飛び退いた。
「封っ!」
 地面に着地しようとする体勢のままエルの動きが止まった。ソーサのこの技は相 手の動きを一定時間奪うものだ。エルが動けないその間にソーサは次の呪文を唱 え始める。エルは動きを取り戻すとすかさず剣をソーサに向ける。ソーサはそれを見て口の端 を持ち上げた。
「やっと抜いたか」
 ソーサはそう言うと、また銃口をエルに向ける。
「なんで、どうしてこんなことを?」
 エルはソーサに何度も聞くがソーサは口を開かない。その代わりにソーサの攻 撃は激しさを増してくる。それでもエルはソーサの攻撃を受けるが、反撃はしなかった。
 どれくらいの時間そうやっていたことか、エルの身体は疲れ、立ち向かう手は痺れ、足が支えきれずに膝をついた。ボロボロになったエルは もう一歩たりとも動きたくなかった。
 ソーサがエルの横に立つ。エルはそのままでソーサを見上げた。ソーサは息 切れ一つせず、涼しげな顔でエルを見下ろしている。
「もう動けないのか?」
「……ぐっ」
 あざけるようにソーサに言われ言葉が詰まる。ソーサは悔しそうなエルに向かって更に続ける。
「わかったか。お前は弱いのだ。たかが会えないくらいで、自分を見失うな」
『たかが……?』
 ソーサの言葉に握った拳が震える。エルは渾身の力を振り絞って起きがり、ソーサを 睨みつける。
「お前に、わかったような口を聞かれる筋合いはない!僕の気持ちなんか解らな いくせに、いい子ぶるな!」
 ソーサは勢いにエルの胸ぐらを掴み上げ互いの顔が間近に迫る。
「まだ解らないのか!!」
 ソーサがエルの鼻先で怒鳴った。エルはソーサを見つめた。
「おれは昔に大切な者を目の前で殺された!だから、その気持ちがよくわかる。だがな、お前とおれとでは希望の違いがある!ヒスリアは、お前の大切な者はまだお前のもとに亡骸として再び出会っていないだろうが!一人だけ悲しいと思うな!淋しいときは、周りをよく見ろ!!」
 一気にそう言い切るとソーサはエルを離した。おもむろにポケットから小さい黒い丸い玉を取り出した。
「フェクスン特製の薬だ。飲めば傷がいえる」
 ソーサはエルにそれを手渡すと、どこかへ行ってしまった。エルはもらった薬を眺めた。
『そう言えば、さっきフェクスンに当たったなぁ。あとで謝んないとな』
 エルは薬を噛み砕いた。すると、虫を噛んだような苦さが口中に広がった。
『あのチビ、もっと美味い薬を作れよ』
 エルは笑いながら文句を言い、薬を飲み込んだ。
『今は……一人じゃないんだもんな………』