NEOSU          The writer is 楼 羽青









                  No.9 「笑顔 瞳の真実」









「そしておれは力を手に入れるために契約した」
 けいやくと聞いて、みんな首をかしげた。ソーサが左腕に巻いてあった包帯を取り始めた。その包帯の下には、何かの模様が書いてあった。ハリスがそれを見て、目を丸くした。
「あなた、自分のしたことがわかっていますの!?」
 ハリスの言葉に、みんなソーサを見た。
「知っているのか?」
 ソーサがハリスに聞く。それでもソーサの様子はたいして驚いていないようだった。ハリスはあまり言いたくなさそうに唇を歪めた。
「知ってますわよ……でも、それは最もしてはいけない契約ではありませんの」
「そうだ」
 ソーサはそこまで言って、また包帯を巻き始めた。
「あいつを倒すには、これしかなかった」
「なあ」
 たまらなくなり、ワイスが口を挟んだ。
「なんなんだ?その模様が意味するのは」
 ハリスがソーサを見た。
「言ってよろしいのですね?」
 ああ、とソーサが頷いた。
「では、本人の了承をとったので、言いますわ。あの模様は五星魔との契約の印なんですの。五人の悪魔と契約することによって、その人は人並み以上の力を得られますの。でも、その代償として、早死にしますし、なにより、死んでも五星魔の下僕として働かなくてはなりませんの」
「え――!」
 その話を聞いて、真っ先にユエが声を出した。
「死んでも誰かに従わなくちゃいけないの!?」
「それでも倒したい奴がいる」
 ソーサの一言で、誰もが黙ってしまった。
 何を思ったのか、突然ユエが立ち上がり、カリオスのほうへ歩き出した。
「カリオスー。こんな所で寝たら、風引くぞー」
 しかしカリオスはピクリともしなかった。
「カリリ―――ン!お、き、ろ――!」
 ユエが何度叫んでも、それは同じだった。
「・・・・しょうがないなあ」
 ユエは毛布を持ってくると、カリオスにかけてやった。
「ユエ、優しいね」
 そんな様子を見ていたヒスリアがハリスに言った。
「えぇ。ユエは優しい子ですわ」
「でも、なんであいつにだけ優しいんだ?」
 ワイスが皮肉混じりに言った。エルの脳裏に、いつもユエのネタでユエをいじめているワイスの姿が浮かんだ。
 ワイスはさらに続けた。
「前だって、昼寝してたら、あいつ俺ほっといてどっかに行っちまいやがったんだぜ。この差は一体何なんだよ」
「本人に聞いてみたらいいじゃありませんの」
 そっか、とワイスが立ち上がった。
「ユエ」
 ワイスがユエとカリオスから少し離れたところから声をかけた。ユエがワイスを見上げた。
「お前、そいつに気があるのか?」
 ワイスはさっと身構えた。いつものユエなら、ワイス〜!とか言いながら追いかけてくるからだった。しかし今のユエはそうしなかった。ユエは足元へ目を伏せて黙ってしまった。その時、カリオスが目を覚まし、自分にかけてある毛布を手にとると、うつむいているユエにかけた。
「いらん心配は無用だ」
 カリオスはそう言うと、立ち上がった。反射にその手をユエがつかんだ。
「カリリン、聞きたいことがあるの」
 カリリンと呼ばれ、カリオスが振り返った。
「……なんだ?」
「ユエの……ユエの親に会ったことはないよね?」
 カリオスが静かにため息をついた。
「自分の過去をわかっていない者にとって、それほど答えられないものはないぞ」
 ユエの顔に再び影がささった。
「そう…だよね……」
「と言いたいところだが」
 その言葉でユエの目に希望が宿った。
「おぼろげに夫婦に会ったことを覚えている。それがお前の親かどうかはわからないが、確かに会ったことはある」
 ユエがカリオスの腰回りに抱き、ボソッと呟く。……お父さん、と。その言葉に、一同がユエを振り返った。
「お父さん!?ユエの!?」
 みんながいっせいに声をそろえて言ったので、ユエは慌てて否定した。
「みんなっ、ち、違うの!カリリンは、そうのぅ、そう。お父さんと同じ臭いがしただけなの!昔に嗅いだことしかない、懐かしい香り……」
 いつもの明るいユエと打って変わって、今はしょんぼりしている。そんなユエを見て、ワイスさえもそれ以上何も追求しなかった。
「すまんな。お前の役に立てられなくて」
 カリオスの言葉に、ううん、とユエが首を振った。
「カリリンのせいじゃない。ユエが勝手に思ってるだけ」
 カリオスがユエの頭にポンと、手を置いた。
「記憶が戻るまでは、どう思ってもかまわんが、カリリンだけはやめてくれ」
「うん!わかった!」
 ユエが笑顔で返事をした。そしてまた何を思ったのか、ソーサのところへ走って行った。
「ソッさんはどうするの?」
「寝る」
「どこで?」
「どこで寝たっていいだろう」
「よくない」
「どうして」
「どうしても」
「だから―――…」
 今度はソーサと話始めた。エルはテントへ向かい始めたヒスリアを呼び止めた。
「ヒスリア」
 テントに入る前に、ヒスリアが振り返った。
「体は大丈夫なの?」
 言われて自分の回りを確かめる。
「うん。大丈夫」
「そう。よかった」
 エルは一人たたずむカリオスを見た。
「カリオスさん、どう思う?」
「カリリン?」
『ヒスリアもカリリンって呼ぶの?』
 ヒスリアもカリオスを見た。
「う、うん。カリオスさん、僕達の仲間にどうかなって……」
「いいじゃありませんの?」
 テントの中からハリスが顔を出した。その後からワイスが付け加えた。
「俺もいいぜ。ただ、この旅に文句は言わせないけど」
「この旅って、あなたの旅じゃありませんのよ」
 ワイスはハリスに、わかってるよ、と小突いた。
「ヒスリアの親探しだろ?それはわかってる。ただ、ああ言うすかした奴って、必ずどこかで食い違がるところがあるんだよ」
「そんなものですか?」
「ああ」
 ワイスは目を細めてカリオスを見たあと、腕を後ろへ回した。
「ま、俺にはどうでもいいけど。ユエなんか、連れてけって騒ぐんじゃないか?」
 ワイスは大きなあくびをした。本当に何も関心がないようだ。
「そうですわね」
 ハリスは笑うと、テントの中へ入って行った。
「おやすみ、ヒスリア」
「おやすみなさい」
 ヒスリアもハリスに続いてテントの中に入って行った。
「俺も寝るから」
 ワイスもテントの中へ入って行った。
 エルは目をつむっているカリオスのもとへ歩いた。
「本当は、寝ていなかったんでしょう?」
 エルの問いかけに、カリオスは目を開けた。
「わかっていたか」
 エルはカリオスの隣に腰掛けた。
「もちろんですよ。だてに一緒に旅をしてませんから」
 フ、とカリオスが笑った。それに、エルも笑った。
「何だ」
 エルは少し離れたところにいるユエとソーサを見た後、目をつむって言った。
「おやすみなさい」
 そう言ってカリオスにもたれかかった。




 「さーて。張り切ってシヤスへ行くか!」
 青空の下、ワイスの大きな声がした。
「フェクスンって人に、このラベンダーを届けるんでしたよね?」
「そんなくだらないことをしてるのか?」
 ヒスリアの問いかけに、後ろを歩いていたソーサが答えた。それに、ち、ち、ち、とワイスが指を立ててふった。
「報酬があるんだよ」
「ほう」
 ソーサがワイスを見下ろした。
「いくらだ?」
 うっ、とワイスが黙った。
「その様子では、決まった額ではないようだな」
「うるせー」
 ワイスは体をクルッとソーサから背けた。
 エルはそんな様子を見て、笑みを浮かべた。

ジェリノに会って、ソーサに会い、エルとカリオスと合流した長い一日から、数日がたった。そろそろ次の目的地、シヤスが見えてきてもおかしくなかった。
「ねえ、シヤスって、どんな所なの?」
 ユエが後ろを歩いている仲間に振り向きながら言った。
「えっとー。どんな所だっけなぁ」
 ワイスが腕を組んで考え始めた。
「工業や産業の発達した豊かな町だ。多くの発明がそこで作られている」
 カリオスの答えに、ワイスがぽんと手を叩いた。
「そうそう。そんな感じの町」
「怪しいですわね。ワイス、あなたもともと知らなかったんじゃありませんの?」
 適当にあいづちをしたワイスを、ハリスは横目で見た。
「そんなこと…!」
「あ!みんな!町が見えてきたよ!」
 ワイスの言葉は、少し興奮気味のエルの言葉で遮られた。全員行く先を見据えた。確かに、その先に町が見えてきた。
「私が一番乗り!」
 ユエがイストロイドを連れて先を走り出した。
「待ってユエ!一人じゃ危ないよ」
 その後をヒスリアが追いかけて行った。
「ま、元気でいいですわね」
 ハリスも少し歩調を速める。
「ありすぎだよ」
 ワイスもハリスの歩調に合わせた。
 エルは後ろを振り返り、少し遅れ気味のカリオスとソーサを見た。
「僕らも早く行かないと、ユエに先越されてしまいますよ」
 エルは微笑んでそう言うと、後を追いかけた。
「たまにはこんな陽気な旅もいいか、な」
 ソーサが少し足を速めた。
「…そう、だな」
カリオスも仲間の後を追いかけた。

「わあ
 一番にシヤスに着いたユエが、目を輝かせながら辺りを見回した。
 道はきちっと整備され、建物が所狭しと並び、人々が忙しく飛び交う。そんな光景は、ユエにとって初めてだった。
「口を開けてそんなことをしていたら、田舎者だと見られるぞ」
 カリオスの鋭い一言に、ユエはわざと手であごを閉じながら言った。
「だってユエ、田舎者だもん」
 カリオスは何も言い返さなかった。
「さて、フェクスンって人を探さないと」
 エルがラベンダーを眺めながら言った。
「そうね。でも、どこに行けばいいのかな?」
 ヒスリアもラベンダーを覗いた。そのヒスリアの横を、スッとソーサが通り過ぎた。
「こっちだ」
 え、と戸惑いながら一行はソーサの後についていった。そしてソーサの影が白い建物の中へ消えて行った。
「大丈夫なの?」
 ユエが白い建物を一瞥した。窓が数枚壁にある他、看板のような物は一切なかった。
「行くしかないよ」
 エルは建物の中に入っていって行った。他の者も後に続いた。
 ソーサは三階の隅にあたる部屋の前にいた。その部屋の戸をノックもせずに開けて中に入ってしまった。
 エルは慌ててソーサを追った。部屋の中にはソーサと、一人の少年がいるだけだった。辺りには何かの本や、紙くず、試験管やビーカーといった物が散乱していた。
「ここですの?」
 ハリスが部屋に入って、他の仲間達も入って来た。少年はそれを見ると、ソーサを見上げた。
「今度は大勢で何の用?」
 すこし生意気がある言葉に、エルは少年を見た。
「それはエルが教えてくれる」
「えっ?」
 急に言われたエルは、一瞬慌ててしまった。しかし、もう一度フェクスンをよく見ると、サリで会った人のことと、ラベンダーをフェクスンに渡した。
「ふぅん」
 フェクスンはラベンダーを調べるように眺めて言った。
「確かに受け取ったよ」
 フェクスンはそれだけ言うと、エルに背を向け、研究道具へ向いた。その態度を見たワイスが、フェクスンの後ろから、呆れたように首を振った。
「おいおい、それはねぇんじゃない?せっかくここまで届けてやったのにさ、何のお礼もないのかい?冷たい奴だね」
 フェクスンはゆっくり振り返ると、エル達を見回した。
「ふ〜ん。旅の仲間、か。いいよ。じゃ、僕が仲間になってあげる」
「え〜」
 ユエが不満たらたらに言った。
「あんた、見るからに「ガキ」じゃん」
 その言葉に、さっとフェクスンノ顔色が変わった。ソーサはその言葉を聞いて、やれやれと首を横に振った。
 フェクスンは勢いよく立ち上がるよ、ずいっとユエの前に立って、怒鳴るように言った。
「僕はガキなんかじゃない!ガキって言うのはね、本当の自分を見つけられなくて、それでも自分は大人だって思ってる奴のことを言うんだよ!僕は自分を見つけてる!そう言う君は自分を見つけて、それでも僕にガキと言えるの!!」
 フェクスンの怒声に、ユエはイストロイドの後ろに隠れた。
「まあまあ」
 エルがフェクスンをなだめるように後ろから言った。
「ま、これで用は済んだんだ。これからどうするつもりだ?」
 カリオスが冷静に話を切り出した。これにみな終始黙ってしまった。
「僕とヒスリアはやることは決まってます」
 エルはヒスリアを見て、軽く頷いた。ヒスリアはその意味を知ったのか、小さく頷き返した。
「じゃ、俺はどうしようかなぁ。せっかくシヤスに来ても、何もすることないし」
「わたくしもですわ」
 自分の席に戻ったフェクスンが、半分体を向けた。
「どこにも行くあてがないのなら、ここの向かいの左隣にある宿屋に行きなよ。僕の名前を言えば、泊まれるから」
「でも、迷惑じゃないかい?」
 エルの問いに、フェクスンは腕を組んでフンと鼻を鳴らした。
「あそこは僕のお得意先なんだ。ちょっと昔に僕が発明したのをあげたら、一躍繁盛しちゃってさ。それ以来、僕に頭が上がらないんだよ」
「ふうん。ま、いいや」
 ワイスの興味のなさそうな返事に、フェクスンは少し機嫌を損ねた。
「とりあえず行こうぜ」
 ワイスの掛け声で、みんなフェクスンの部屋から出て行った。
 とりあえず午後までそれぞれ自由行動とした。夜には宿に戻り、みんなで露天風呂があると聞いてそこに行くことになった。
「あ、男ども達ですわ」
 ハリスが廊下の先にいる人を見て、指差した。
「あ、本当だ」
 ユエも指差した。
「なんだ。お前らも風呂入るのか?」
 ワイスが手にタオルなどを持って、同じく指差した。
「フェクスンも入るんだ」
 ヒスリアが後ろのほうでオレンジ色の丸い機械のような物を持っているフェクスンに言った。フェクスンはヒスリアを見上げると、
「悪い?」
 と言った。ヒスリアはただ微笑むだけだった。
「ワイス」
 ハリスが念を押すようにワイスに言った。
「覗くんじゃありませんのよ」
「だ、だれがっ!」
 ワイスは顔を赤くして真っ向に否定した。

「広〜い」
 まず露天風呂には言った第一声は、ワイスの感激の声だった。
「こんなの驚くことじゃないよ」
 フェクスンがなれた手つきでお風呂に入って行った。後の人もフェクスンに続いた。エルは濡れた石畳の上を歩く黄色い機会に気づいてフェクスンの肩を叩いた。
「あれ何?」
 フェクスンはそれを見て、フン、と鼻息を荒くすると胸を張って説明し始めた。
「ぼくが作った「コポ」さ。あいつは人間と同じように思考回路が埋め込んであるし、大きさも自由自在に変化できるんだ。いつもは調査結果とかを入れとくプログラムとして使ってるけど、普段はいつも持ち歩いてるよ。だから―――」
「そいつはフェクスンの自慢の機械ってことさ」
 ソーサがフェクスンの台詞を言ったので、フェクスンの頬が膨れた。
「時にフェクスン」
「何?」
 辺りを見回していたワイスが、ニヤついた顔でフェクスンを見つめた。真剣な眼差しに、膨れていたフェクスンも真剣になった。
「女湯はどっちだ?」
 ワイスのとんでもない言葉に、フェクスンの顔が一気に高揚した。
「な、何でぼくが教えなきゃいけないんだよ。第一、そんなことぼくが教えていいと思ってるの!?」
 フェクスンは助けを求めるようにソーサ、カリオス、エルの順に見回した。エルは肩をすくめて答えるだけ、カリオスは沈黙。ソーサはOKサインを出していた。
 フェクスンはどうにもできないことを悟ると、はぁーと長いため息をつくた後、ワイスに女湯の方を指差した。
「おし!行くぞ!」
 ワイスが嬉しそうにお湯の中から飛び出した。
「やっぱ良くないよ、ワイス」
 エルが良識の範囲でワイスを止めようとするが、ワイスはエルに耳打ちすると、勝ち誇ったように笑った。
「ヒスリアの裸体が見れるかもよ」
 エルはその言葉を聞いて、ぱっと顔を赤くした。そしてそれ以上何も言えなくなる。
「大丈夫、大丈夫!責任は俺が持つから、みんな、行こうぜ!!」
 走るように行くワイスを、気持ちを取り直したエルは慌ててワイスを止めに行った。
「ねえカリオス。ワイスって人、いつもあんなんなの?」
「ああ」
「ふ〜ん」
 両目を瞑って答えたカリオスに、フェクスンは無言でワイスを目で追った。
「おい、そこ!静かにしてろよ」
 ワイスが横にいる全員に小さな声で言った。ワイスの右隣にソーサ、左隣にエル、フェクスンがいた。カリオスはどんなに誘っても乗り気にならなかったので、ワイスは放っておいた。
「わかってるのか?」
 ワイスが念を押すようにもう一回言う。反応を示したのはエルとフェクスンだけだった。
「あ、いたいた」
 ワイスが壁を乗り切って、女湯を覗き見る。フェクスンは登ったのはいいが、躊躇していて、頭は出していなかった。
「後ろ向きじゃないか」
「ああ……って、ソーサ!やっぱお前なんだかんだ言って……」
 ワイスはソーサの乗り気な言葉を聞いて嬉しかった。その時、ワイスの顔にぴちゃっと冷たい物が飛んで来た。ワイスは水が飛んできた先を見た。それはハリスが水鉄砲でワイスに飛ばしたものだった。ハリスの他にも、ヒスリアはエルに、ユエはフェクスンに飛ばしていた。
「日ごろの恨みっ!!」
「ユエは今日の恨み!」
 ユエに水を飛ばされたフェクスンは、そのまま仰向けに地面に叩かれるはずだったが、カリオスが素早く助けた。
「返り討ちだよー」
 ヒスリアが笑いながら残った三人に水をかけた。
「あははは」
 女達は半ば笑いながら水を飛ばしている。エルはこの後怖い気がして、そろそろと降りようと足をかけた時、ヒスリアの短い悲鳴と共にソーサとワイスが鼻血を出しながら仰向けに倒れて何事かと倒れた二人に駆け寄った。二人とものぼせたような顔をしていた。
「大丈夫?」
 エルは二人を覗き込むと、突然ソーサがむくっと起き上がった。
「さて」
 ソーサは横に伸びているワイスを見ると、エルを見た。
「誰がこの責任を取るんだっけ?」
 話を振られたエルは咄嗟にワイスを見てしまった。
「……ワイス?」
 ソーサはその言葉を聞くと、力をこめ始めた。
「ワイス、お前は今から責任を取って来い」
「へ?」
 ようやく起きたワイスが、間が抜けたような顔でソーサを見た。
瞬動 (しゅんどう)
 ソーサが何かを唱えた刹那、ワイスの体が消え、女湯のほうから追い立てられる声が聞こえた。
「ソーサさん、いったい…」
 エルが女湯のほうからソーサに顔を向けながら聞いた。
「責任を取りに行かせた」
 ソーサはそう言うと、何もなかったように風呂に浸かった。エルはもう一度女湯の方を見た。木桶やいろいろなものがワイスに投げられている音が、鮮明に響いていた。
 夜の暗闇の中、ワイスの声が響いた。
「このソーサ!助けやがれっ!」
「きゃー!ワイスの変態ー!」
 ハリスの言葉が釘をさした。
「こんの……ソーサァ!」

「さて。これからどうします?」
 エルが全員の顔を見回しながら言った。全員お風呂上り、ワイスは体中アザだらけで、ソーサを睨んでいる。
「そう言えばさ」
 フェクスンがエルを見ながら口を開いた。
「エル達って情報が欲しいんだったよね?」
「うん」
 フェクスンはその言葉を聞くと、オレンジ色の機械「コポ」から、地図を取り出した。
「ここからちょっとした船旅になるけど、一番情報が行き交う所って言ったら、諸島のフーアビしかないよ」
「船旅かぁ」
 エルは地図を覗き込んだ。船でニ、三日といった距離だった。
「行きましょうよ」
 エルは振り向き、ヒスリアを見た。ヒスリアはエルに確かに頷いた。
「じゃ、今度の目的地はフーアビだ」
「で、どうやって行くんだ?この人数が乗れる船と言ったら、定期船か、大型の船しかないぞ」
 カリオスが静かに、淡々と言う。それに答えたのはフェクスンだった。
「それなら心配無用!僕の船を貸してあげるからさ」
「どうせ、オンボロ船だろ」
 横目でフェクスンに言う。フェクスンはふん、とワイスに顔を背けて地図をしまうと、立ち上がりざまに言い放った。
「見て驚いて腰抜かしても知らないから」
 フェクスンはそのまま部屋を出て行った。
「知りませんわよ」
「知らないよ〜?」
「ふん」
 ワイスはハリスとユエに嗜まれて頬を膨らませた。

「うぅええええーーーー!」
 ワイスが目の前にある船を見て、大げさに腰を抜かした。
「ほう」
 全員が船を見上げ、カリオスも呟いた。
 一行の目の前にはフェクスン専用の、巨大客船があった。それはゆうに豪華客船といっていいほどの大きさだった。
「ほら、だから腰抜かすなって言ったじゃないか」
 フェクスンが堂々と船に搭乗しながら言った。
「本当にこの船でいいんですか?」
 エルが口を半開きに明けながらフェクスンに尋ねる。フェエクスンはなすなす上機嫌になり、当たり前だよ、と胸を張って全員を早く船に乗せた。