No.4
偽りの言葉 本物の言葉(1/2)
「お待ちください、姫、姫!」
姫と呼ばれた人が、足音を踏み鳴らして城から出ていく。
『何が姫よ!』
その人はウエーブのかかった髪をなびかせながら、レンガの道をつかつかと歩き去った。
これはエル達がアウェア国に入った時の出来事だった。
「なあ、あれ良くない?」
ワイスが防具屋の店先で、商品を指差しながら言った。その指先に指されていたものは皮と鉄であしらわれた、いかにも古い防具だった。
「そうですか?」
ヒスリアがその商品を見て首を傾げる。エルも見るが、そのよさが分からず一緒に首を傾げる。ワイスは二人の行動に眉をひそめた。
「このよさが分からないかな?俺はこういう古いのが好きなんだけどな」
ワイスはしげしげと、防具を眺めた。ワイスがしばらくその場を動くけはいを出さないので、エルはワイスの邪魔にならないようにそっと言った。
「僕達は違うところを回ってくるよ」
「ああ。俺はここにしばらくいるよ」
視線は防具に注がれたまま答える。それだけ言うとワイスは完全に自分に世界に入ってしまった。エルはヒスリアとお互いに目を合わせると、ヒスリアに手を差し伸べた。
「えっと、ここいいてもなんだから、どこか行かない?それに、いっぱい人がいるし………」
エルはドキマギしながらヒスリアに聞く。エルの言う通り、辺りは人がごった返していて人が進めそうな隙間さえなかった。ヒスリアは通りをしばらく眺めるとエルの手をとった。
「どこへ行くの?」
「そうだなぁ……」
エルは辺りを見回す。人が少なくて静かな場所……
「公園、に行かない?あれば、だけどね」
ヒスリアもそうしたかったらしく、笑顔で大きく頷いた。
「うん、行こう!」
ヒスリアは勢いよく通りに飛び出すと、エルを引っ張って先に歩き始めた。
エルはつまずきそうになりながら自分の手の先にある細い腕のヒスリアの背を見つめた。
『こういう時って、僕が先に行くものじゃないのかぁ?…よくわかんないけど…』
エルは何とか人にぶつからないようにヒスリアについていくだけで精一杯だった。しかしヒスリアは先にがんがん進んでいく。
二人は人の間を縫って、赤レンガの道をしばらく行くと、開けた公園に着いた。その公園はとても広く緑が多く、人もまばらだ。中央の噴水が涼しげな風を二人に運んできた。
エルはヒスリアを近くにあった芝生の上に座らせると、自分もその横に座った。しばらくお互いに無言で疲れた息を整える。エルはホッと息を吐き出した。
「やっと静かだね」
ヒスリアが道にいる鳥を目で追いかけている。
「うん。なんか、さっきまで騒々しかったからね」
エルはその場に足を投げ出し、つま先越しに噴水を見た。
「ヒスリアはああ言う騒がしい所とか好き?」
ヒスリアは首を振る。
「私は嫌い。エルは?」
「僕も。僕はあんまり騒ぐのとか好きじゃないんだ」
「なんか気が合うね、私達」
ヒスリアが笑顔をエルに向ける。エルその笑顔がなんか気恥ずかしくて、目線を泳がせた。その視線の先にアイスクリーム屋を見つけ、気恥ずかしさからそこに逃げ込んだ。エルが食べるかどうか聞くと、ヒスリアは食べたいと答えたのでエルはそそくさとアイスクリーム屋へ走っていった。
「だ・か・ら!そんなものわたくし知りませんの!」
急に声が聞こえて立ち止まると、アイスクリーム屋の前で客と定員が口論となっている。横から話を聞いていると、どうやら女の人がお金を店員に払わないらしい。すっかり落ち着いたエルは、困ってヒスリアの方を見る。ヒスリアが何かを感じ取って駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
ヒスリアが口論になっている二人とエルを交互に見る。
「う〜ん……それがこの人、お金を払わないらしいんだ」
「え?本当?」
エルは頷いて、頭をかいた。この二人は一向に話が終わるけはいがない。
「これじゃ、いつまでたっても買えないよ」
ヒスリアが前にいる女の人を見つめている。エルもつられて見つめる。悪気があってお金を払わない人ではなさそうだ。単に忘れたか、足りないだけだろう。
「エル、払ってあげない?」
エルは力無く笑った。こうしないと自分たちが買えない。
「そうだね」
エルは言い争っている女の人と、店員の間に立った。
「すいません。この人の分と、バニラを二つください」
突然のエルの登場に、店員は押し黙ったが、やっとお金を払ってもらえると分かり、黙ってアイスクリームを作り始めた。
「はい。全部で九十四
エルは店員にお金を渡すと、三つアイスクリームを受け取り、そして女の人とヒスリアに渡した。女の人はそれを嬉しそうに受け取ると、笑顔を二人に向ける。
「ありがとう。助かりましたわ」
女の人はペロ、とアイスをなめた。初めて食べた子供のように、ニコニコしながら食べている。
「それにしても、どうしてお金を持っていないんですか?」
エルが聞いた。女の人の赤と茶色の混じった瞳がエルに向けられる。女の人はどうして?と聞かんばかりに首を傾げた。
「あら、わたくし見たこともございませんのよ。見せてくださるの?」
今時お金を見たことのない人なんていないと思い込んでいた。二人は顔を見合わせ、言葉が出ないでいた。
「どうかしまして?」
アイスをなめながら聞く。当人はお金を知らないことを大した問題とは思っていないらしい。
「いえ。珍しくて……」
エルが答えた。
「そう?珍しいんですの。あなた達はきっと今日は記念日になりますわ。あ、わたくし名は、ハリスよ。ハリス・フーリスト」
「私はヒスリア・ハーネッドです」
「エル・ウルガスンです」
「エルとヒスリアね」
ハリスと名乗った女が、アイスを食べながら二人を交互に見た。そして二人越しに人が来るのを見るや否や、慌て始めた。その人はこの国の警察だった。
「あら、ごめんなさい。このご恩は忘れませんわ。ではまたお会いしましょう!」
そう言うと、ハリスは颯爽とアイスを持ってどこかへ消えてしまった。
「風のような人だったね」
エルはアイスを食べながら言う。
「うん」
ヒスリアも食べながら言った。
しばらくして、二人はワイスがいる防具屋に向かった。防具屋に着くと、防具屋の周りに人だかりができていた。
「どうしたんだろ?」
エルは人だかりを覗きながら言った。
「ワイスさんと関わりがなければいいのですが……」
「そう言われると、少し心配になってくるね。早く行こうか」
人だかりに近づくと、聞き覚えのある声が聞こえた。エルは頭が痛くなって、抱え込みたくなった。
二人は人ごみを掻き分けて、ようやく最前列にたどり着けた。そして口論をしている人を見て、ヒスリアとエルは同時に、さっき会った人の名を叫んでしまった。
「ハリスさん!」
「あら、どうしましたの?」
ハリスがワイスとの口論を止め、エルとヒスリアを見た。ワイスも二人を見て、頭に血が上った様子で話しかけた。
「聞いてよ!この女、俺の欲しい物を見て、ダサいだの、センスがないだの言いやがるんだぜ!しゃくにさわ障る女だぜ!」
ワイスは最後の言葉を、ハリスに投げつけた。ハリスはその言葉に反応して、いい返した。
「本当のことを言ったまでですわ。ね、エル、ヒスリア」
「ハハハ」
二人はどうすることも出来ず、ただ笑っていた。
「それより、ここを離れましょう。目立ちすぎてます」
エルの提案で、ひとまずその場を離れが、それでも二人の顔は膨れたままだった。とりあえず四人はさっきまでいた公園へ向かうことにした。
「ワイスさんもハリスさんも目立ちすぎ!」
ヒスリアが二人に向かって言った。
「仕方ありませんわ。この人が騒ぐんですもの。短気の短気ですわ」
「なにうぉー!」
ワイスの握りこぶしに力が入った。それを見てエルが止めに入った。
「ワイスさんもワイスさんです。もうちょっと冷静になってくださいよ!それにハリスさんも。ハリスさん、これからお金がなくて、どうするつもりだったのですか?」
ヒスリアの質問に、ハッとワイスが笑った。
「一文無しかよ!」
「ワイスさん!黙って!」
ヒスリアにぴしゃりといわれ、ワイスが押し黙った。
「そうですわね……わたくし、エルとヒスリアと一緒にいたいですわ!」
「はぁ?」
他の三人が同時に言った。ハリスはワイス以外の二人に笑顔を振り分けた。
「だって、優しい人に会ったのは初めてなんですもの」
「優しいって、………俺は例外か!」
「そうですわよ」
ハリスが平然と答える。その言葉がまたワイスの神経を逆なでた。
「このやろう…」
「さ、行きましょう。エル、ヒスリア」
「ちょっと…」
ハリスが二人の腕を取って先を歩き始めたので、ワイスが慌てて後を追いかける。
『ハリスさんって、けっこう強情のなかな?』
先を行くものの、ハリスには行くあてがないというので四人はひとまず宿へ向かった。宿で簡単な手続きを済ませると、全員部屋へ転がり込んだ。部屋の中は、外の騒音を消してくれてとても静かだった。
「あー疲れましたわ」
ハリスは部屋になだれ込むように入ると、ベッドの上に身を投げ出す。もうこの部屋の主のように振舞うハリスにエルは苦笑した。そんなことを言ってワイスが黙っているはずがない。
「道楽者はいいよな。気楽で」
むく、とハリスが起き上がる。
「あら、わたくし道楽者ではありませんのよ。ちゃんとしっかり考えているんですもの」
「どうだか」
ワイスは冷ややかに鼻で笑うと、さっとさっき入って来たドアへ向かった。
「どこへ行くんですか?」
心配して聞いたヒスリアにワイスは片手を挙げて答えた。
「ちょっとぶらっと歩いてくるよ」
ワイスはそれだけ言うと部屋から出てってしまった。
「あーせいせいしますわ」
ワイスがいなくなってハリスは大げさに伸びをした。