NEOSU          The writer is 楼 羽青









                  
No.14 「もう一度…」











 ワネータに着いたのはあれから数日経った時だった。その間エルはずっとそわそわしていた。しかしそれは他の仲間も同じことだった。
「ここからセルトンへはどうやって行く?」
 エルがフェクスンとソーサの顔を覗いた。
「確かここには馬車があったはずだぞ。雪道を歩くのは大変だから、それに乗っていこう」
 ソーサの提案で、一行は馬車を探し始めた。馬車を歩き探している途中、ソーサは左腕の激痛に眉をひそめた。
『クッ。こんな、ところで……』
 五星魔から印された刻印が疼いている。ソーサはその痛みに耐え切れなくなり、膝を突いた。どさっという物音が後ろから聞こえ、仲間が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
 エルの問いに、ソーサは痛みをこらえながら返事をした。しかしその言葉は弱々しかった。
「ソーサさん…それ……」
 エルはソーサが押さえている包帯の上から黒々と浮かび上がっている紋様を指差した。ハリスがそれを見て、ソーサの顔を覗きこんだ。
「ソーサ!もしかして……!」
「大丈夫だ!」
 ソーサが大声で怒鳴る。始終辺りにいた人が何事かと立ち止まった。ソーサはシンと静まり返ったのを感じて、小さく呟いた。
「すまない。怒鳴るつもりじゃなかった」
 ソーサは立ち上がると、エル、ハリス、フェクスンを見た。
「大丈夫だ。いずれこうなることは覚悟していたことだ。すまなかった。先を急ごう」
 ソーサは一人歩き出した。
「ね、あの紋様って五星魔との契約の印だよね?」
 フェクスンが小声でハリスに聞いた。ハリスも小声で言い返した。
「そうですわ」
「って、ことは、あの紋様が色濃くなった、と。…やばいじゃん」
「そうですわ。心配なのはそこなんですの。あれがはっきり浮かび上がるのは、力が今までよりずっと強くなりますけど、寿命があと少しと言う予告ですわ。あっせって、何かしなければいいんですけど…」
「……そうだね」
 ハリスは心配そうに手を前で組む。フェクスンはソーサの後ろ姿を見据えた。
 一行はすぐに馬車を見つけ、急いで乗り込んだ。雪と馬の揺れで馬車はあまりいいとは言えなかった。しかし、一刻も早くセルトンに着きたい一心で、誰も文句は言わなかった。
「フェクスン、何作ってるの?」
 エルが、ゆれる馬車の上で上手に何か調合しているフェクスンに聞いた。
「見ればわかるでしょ?薬」
 フェクスンのそっけない返事に、エルはその作業を目で見ていることにした。
「何?」
 じっと見られているフェクスンが、耐えかねてエルに聞いた。
「何って、見てるの」
 エルも負け時と、そっけなく言ってみた。しかしフェクスンは短く、ふぅんと言うと、また作業を続けた。
「誰にその薬飲ませるの?」
「ソーサ」
 自分の名前を聞いて、ソーサはフェクスンに言った。
「どこも悪いところなんてないぞ?……まさか」
 ソーサの顔色が青くなる。
「毒薬…?」
「ちが――う!」
 まじめに聞いたソーサに、フェクスンは命一杯否定した。
「フェクスン、まさか…紋様の力を押さえる薬を?」
 ハリスの言葉にフェクスンは黙って頷く。それからソーサの紋章を見た。
「ぼくに治せないものなんてないんだよ!だから、だから…」
 ソーサはポンとフェクスンの頭を叩いた。
「いいんだよ。そんな気を使わなくても。…ありかとう」
 ソーサがフェクスンに微笑みながら優しく言った。フェクスンはプイッと顔を背けた。
「ふん」
 ソーサは手を離すと、座り直した。フェクスンはソーサを見ながら、叩かれた頭を押さえた。

 セルトンは雪がワネータより積もっていた。ワネータでは薄っすらしかなかったのに、セルトンは腰辺りまで積もっている所があった。
「とりあえず、町の中を回ってみる?」
 やっとセルトンに辿り着いた一行は早速ヒスリア達を探し始める。エルを先頭にして、一行はセルトンの町中を歩き始めた。
 ハリスは辺りをきょろきょろとお店の中をのぞいてみる。特に古いものが置いてある店に来ると自然と足が止まって彼の姿を探してしまう。ハリスはハッと自分の行動に苦笑いを浮かべた。
『わたくし、バカですわ。もう…』
 自分がばかばかしく思える。こんなにも誰かのことを気にするなんてことはなかったのに。
 下げた視線を上げる。目の端に見覚えのある上着が横切っていく。
『もしかして!』
ハリスは急いで曲がり角へ走った。



『もう!待ちなさいよっ!!』
 ハリスはきしむ雪を蹴り上げて走っていた。気づかついてくれない相手に腹を立てるが、すぐにそんなことを考える余裕がなくなる。
『やっと、やっと』
 自然と目がかすんでいた。
『やっと、大切な人に!』
「ワイス!」
 ハリスは彼の名を呼ぶ。彼の姿が、立ち止まった。
「ワイス!」
 ハリスはもう一度彼の名を呼んだ。あと少し。あと少しで――
 彼が振り向き、ハリスを目で捕らえた。彼の目が驚きと嬉しさの混じる眼差しをハリスに向けた。ハリスは嬉しさのあまり地面を大きく蹴り上げた。
「ワイス!」
 ハリスは彼の胸の中に飛び込んだ。
「ハ、ハリス!?」
 飛びついてきたハリスにワイスが慌てる。
「よかった。会えて…」
 ワイスはハリスに優しく腕を回す。
「ああ、俺も会えてよかった」
 ハリスはギュッとワイスを抱くとワイスから離れ、目にこぼれた涙を拭き取った。
「みんなは?」
「あ、ああ。あそこに……おーい!ヒスリアー!ユエー!」
 ワイスがすこしドギマギしながら仲間の名を呼んだ。ハリスはその態度を見て、自分の恥を思い知り、かぁと顔が赤くなった。
 ユエとヒスリア、イストロイドがワイスに近づいて来た。
「イストロイドだけ呼ばないなんで、ユエ、怒ってるんだよ!って、ハリス!」
「ハリス!」
 ハリスを見た二人が半狂したように名を叫ぶ。ユエがハリスに飛びついた。
「ハリスだ!ハリスだ!」
「ユエ。苦しいですわ…」
「ごめん、ごめん」
 ユエがハリスから離れた。
「ハリスさん…」
 少し涙が溜まっているヒスリアを見て、ハリスはそっと涙を拭き取った。
「まだ泣くには早すぎますわ。他のみんなもいるんですから」
 その時、ちょうどエル達がハリスに追いついた。
「エル!」
「ソーサ!」
「フェー坊!」
「ヒスリア!」
「ワイス」
「ねぇ。フェー坊って、誰のことさ」
 フェクスンが自分を呼んだユエを少し睨んだ。当のユエは笑顔で答えた。
「ん?もちろんフェクスンだよ」
「会って早々あだ名かよ……」
 フェクスンは小さく呟いた。それを聞いた皆が笑い出した。
 エルは笑っていた表情のままヒスリアを向く。ヒスリアもエルを見つめる。
「無事でよかった」
 エルはヒスリアの手を取り、温もりを分け合うように優しくヒスリアを包む。
「エルもね」
 ヒスリアも握りかえす。心なしかヒスリアの目がうるんでいる。エルは元気づけるように頬に手を添える。
「もう離れないからね」
 ヒスリアはエルの言葉に涙をこらえながらただただ頷いた。

「じゃ、そろそろ行こうか!」
 ワイスが大きな声で元気に雪晴れの青空に向かって言った。それに答えるように、他の仲間も青空を見上げた。これから始まる、新たな旅を期待に胸を膨らまして。
「ところで、なんでワイスが仕切るの?」
 ユエがポツリと呟いた。