NEOSU          The writer is 楼 羽青









                 No.4 
偽りの言葉 本物の言葉(2/2)















『なんだよ、あの女!むかつくな!!』
 ワイスは足を踏み鳴らしながら辺りを見回した。周りの喧騒に自分の怒りが紛れてきた。
『……やっぱりコビリより賑やかだな』
 今まで自分のいたところに比べると人多い。いろんな恰好をした人や、目新しいものを運んでいる人。お洒落な格好をして楽しげに話しあっている女の人などいろいろな人が忙しく歩いてる。ワイスは何か目にとまって、ふと足を止めた。
『あれって……ハリス?』
 ハリスがカフェでゆっくりとくつろいでいる姿だった。普通の人から見れば何の他愛もないことだが、当の本人は無一文だ。店の人や、普通の人だったら恥ずかしくていられないところだ。
『けっ。金のない奴が気取ってやがる……しゃーねーなあ。一杯おごってやるか』
 ワイスがハリスに近づこうとした時、ワイスは二人の男がしきりにハリスを見ながらこそこそと話をしていた。
「な、あの女……だろ?」
「あぁ。簡単に…れそうだ」
「な、そう思うだろ?行くか」
 離れていて話を全部聞き取れなかったが、どうやらいいことをするようではない。下手に手を出したくなかったので、ワイスは不穏なその男たちの行動を観察してみることにした。
「ねぇ君」
二人のうち一人、長髪の男がハリスに顔を覗き込むように話しかけた。
「なんですの?」
 無邪気にもその呼びかけに笑顔で答えるハリス。
『あいつ、世間のことあんま知らねぇんじゃないのか?普通だったら変な、怪しい人かと思って逃げるけどな………』
 ワイスは陰で文句を言いながらも観察を続ける。
「一人なの?」
「ええ。そうですのよ」
「僕達が一杯おごるよ」
「何が好き?」
 立て続けに二人に質問され、ハリスは目が点になる。
「え。あ、いいんですの?」
「君が好きな物が知りたいんだ。だから、教えてよ」
 男のさわやかな笑顔に、ハリスが顔ぱっと赤くなる。
「はい!」
 ワイスはため息をこぼす。
『やってられねぇ……』
 しかし目はハリスへ向けられ、足は自然と後をついていく。
 その後、三人はしばらくカフェで時間を過ごし、男が一人返って、ハリスと長髪の人だけになった。その男が席を立つと笑顔をハリスに向ける。とびきりの笑顔だ。
「ちょっと暗くなったし、歩こうか」
「えっ…はい」
 ハリスがおずおずと男の後をついていく。もちろんワイスも見つからないように後をつけていく。二人はどこに行くわけでもなく店を冷やかしたり、風景を楽しみながら歩き続けた。
『ったく。いつになったら帰るんだよ』
 痺れを切らしてきたワイスは、先を行く二人の背を見つめた。恋人同士、とはいいがたい距離にいる二人はそれ以上近づくけはいがない。それはそれでワイスにとってはいいことだが。
 日が陰ってきたし、少し歩き疲れてきたハリスはそろそろ帰りたくなってきた。
「あのぅ……」
 ハリスが口を開くより早く、男の方に先をこされ、さえぎられた。
「ね、とっておきのプレゼントがあるんだ。これが最後。着いて来てくれないか?」
「え、ちょっと、待ってくださいな!」
 ハリスは男に手を引っ張られ 『あー。もう帰りたい…』
 ハリスは引っ張られる形で男に連れて行かれ、ワイスも後を追った。そしてエルたちと会った公園に着いた。
「よかった」
 男が時計の針を見て、安心したように息をついた。
「ここで何かありますの?」
 少しの不安と期待の眼差しでハリスは男を見上げた。
「いいから、いいから。待ってて」
『いったい何があるんだ?』
 その時、ボーンという音が公園に響いたかと思うと、公園の全ての木々がライトアップされた。夜に映えた薄紅の小さな花びら一枚一枚に明るい黄色の光が照り、透き通るような輝きを放った。まるで明るい透明の国にいるような。
 ハリスは目を輝かせて、食い入るようにその光景を見つめた。
「きれい……」
 男がハリスに微笑みかけた。
「君に見せたかったんだ」
『!』
 男がそっとハリスの頬に手を伸ばして来た。ハリスは一瞬びくっと身を引いた。男は触れるか触れないかの距離で、強張ったハリスの頬から手を下げると、ハリスから離れた。
「また明日会えるといいね」
 ポーッと去り行く男の背を見つめるハリスに、ワイスは頭に血が上っていた。
『あのバカ。なに抵抗しないんだよ!』 
 ハリスはしばらく木々を眺めると、公園を離れた。
『ったく。つまんない』
 ワイスは男の後を追いかけた。どうしても気になることがあるからだった。
「よう!」
 ハリスに会っていた男が、もう一人の仲間の男と再会した。
「どうだった?」
 ワイスはこの二人の会話に聞き耳を立てた。
「当たりは良かったぜ」
「良かったじゃんか!明日にはいけそうか?」
「ああ」
 男たちがなにやら笑い出した。ワイスは物陰に隠れたまま思案した。
『どういうことだ?…ッチ!何俺はここまで首を突っ込んでるんだよ!癖が出ちまった。……あいつらから何か聞く時には、女装した方がよさそうだ』
 ワイスは辺りに人がいないことを確認すると、着替え始めた。
「ねぇ。そこのかっこいい人達!」
 男たちがほぼ同時に振り返って、女装したワイスを見た。
「なんだい?」
 さっきハリスに会っていた長髪の男が、ワイスに近づいてきた。完璧なまでのワイスの女装は完全に二人の警戒心を打ち砕いた。ワイスは今まで女装を見破られたことはない。その自信のせいかもしれない。
「あの、さっき女の人と会ってましたよね?」
「ああ。あの子か」
「その………」
 ワイスはもじもじと、かわい子ぶって言った。
「私、あなたに気があるんです。でも……あの人のこと好きなんですか?」
 ワイスは上目使いで男を見た。この角度から男を見つめると、男はすぐに気を良くする。
「僕に気があるの?」
『あるわけねーだろ』
 ワイスはつい顔と言葉に出てしまいそうになったが、ぐっとこらえた。
「あの子には気はないよ。君みたいなかわいい子なら、どんなことでもしちゃうんだよなぁ」
 男はそう言うと、ワイスに唇を寄せてきた。
「きゃ」
 ワイスは男を強く突き放すと、その場を慌てて走り去った。
「かわいい子」 
 男は不気味な笑みを浮かべた。


『あぶねー。危機一髪だった』
 ワイスは急いでもとの服に着替えると、宿へ戻った。そして勢いよく戸が開けると、辺りを見回した。
「おい!ハリスはいるか?」
 エル、ヒスリア、ハリスがワイスを見つめた。ワイスはハリスを見つけると、近くまで歩み寄った。
「ハリス。あいつから手を引け」
 ワイスの迫力に、ハリスは少し身を引いた。でも、ハリスはズイッとワイスに顔を近づけた。
「いきなり何のことですの?」
 とぼけるハリスに、ワイスは声を荒げた。自然と顔も喧騒になる。
「とぼけるな!今日、宿から出て、男と会ったろうが!」
 ハリスの顔が赤くなった。それは怒りに満ちていた。
「どうしてあなたがそれを知ってますの!」
 ハリスも声を荒げたので、ワイスが少しシュンとした声で言った。
「偶然だよ。偶然。それより、あいつに好意があるなら、あいつを突き放せ。いずれお前が突き放されるぞ!」
 ワイスの口出しに、ハリスはワイスを突き飛ばす勢いで言葉をまくしたてた。
「そんなこと、わたくしの勝手ですわ!あなたにどうこう言われる筋合いはありませんわ!!」
「じゃぁ、もう俺は知らないからな!」
「望むところですわ!」
 ワイスはそう言うと、憤慨が収まらないままベッドに潜った。
「べー」
 ハリスはワイスに向かって、舌を突き出した。そしてハリスもベッドに入った。


 エルは誰よりも早く目が覚めた。昨日のワイスとハリスのことがあるかもしれない。しばらくすると、ヒスリアとワイスを起こした。ハリスはなかなか起きようとしなかったので、そっとしておくことにした。
「ったくあの女。いいかげんにも程があるぜ。いつまで一緒にいる気なんだ?」
 ワイスが朝食を頬張りながら言った。もう昨日の勢いは失せていた。
「う〜ん」
 エルは唸るだけで、答えをいわなかった。
「ハリスさん。言ってました」
 ヒスリアがうつむいて、言うか言うまいか悩んで、エルと顔を見合わせた。その様子を察して、ワイスは二人の顔を見合わせた。
「お、おい。なんだよ。二人だけの秘密のことか?」
 ヒスリアがためらったままなので、エルが思い切って打ち明けた。
「昨日、ワイスがいなくなったあとでハリスさんが教えてくれたんです。自分はこの国の姫だって」
「うそだぁ!」
 聞き慣れない単語を聞いて、ワイスは思わず笑い飛ばした。しかし二人は顔色を変える様子を見せない。
「マジかよ………」
 ワイスは観念したように気持ちを落ち着けた。
「じゃ、どうするんだよ。この国の連中が今頃血眼になって探してるんじゃねぇか?」
「たぶん……でも、自分ことは自分で解決するしかないと思う。自分のことを一番よく理解してるのは、他ならない自分だと思うから」
 エルの言葉にワイスはしばらく黙ったが、ふと思い出したように口を開いた。
「じゃ、もしあいつが一緒に旅をしたいって言ったら、連れてくのか?」
「そこは、ハリスさんに任せましょう」
 ワイスの目が、驚きで点になった。
「マジで?」
「マジです」
 エルとヒスリアが同時に答えた。
「それに」
 ヒスリアがワイスに微笑んだ。
「ワイスさん、女の子を一人にしちゃいけませんよ」
「………」

 ワイスは昼頃になって、女装姿で昨日の男を捜し始めた。男は以外にも、あっさり見つかった。男はハリスと話していたカフェにいた。
「やあ。また会ったね」
 男がワイスの姿を見つけると、愛想よく微笑んだ。ワイスはそんな男の前に立った。
「あの。昨日もお聞きしたんですけど、あのひと女のこと、今も変わりませんか?」
 その女の人がすぐ横にいる。ハリスは突然割って入ってきた女に驚いていた。しかし男は呆れたのか、深いため息をついた。
「そんなに気になるのかい?いいよ。僕にとってあの人はおもちゃだよ。単純で、すぐ引っかかる。だから安心しなよ」
 ワイスはその言葉を聴いた瞬間、頭にかっと血が上った。次には、片足をテーブルの上に乗せて、男の胸元をつかんでいた。
「ふざけるな!あいつはお前のおもちゃじゃない!謝れ!!」
 突然変貌したワイスに男は怯えて、全身が震えていた。
「急にどうしたんだい?男みたいだよ」
 ワイスは男の手をつかむと、自分の胸に押しやった。男は、そこにあるはずのものがないことに、驚いた。その様子にハリスも驚いて席を立った。
「俺は正真正銘の男だ!」
 ワイスが髪の毛をまとめ上げると、男に顔を近づけた。男はワイスが男だと知ると、急に勇まずいた。ふっと鼻で笑うと、横に立ち尽くしているハリスを見た。ハリスはワイスが現れた驚きで、その場に立ち尽くしたままだった。
「さぁ、君はどうするんだい?今まで僕にだまされて、おとなしくしているのかい?」
 平気でハリスの顔を見ている男を、涙のたまった瞳でしばらく見つめ、ハリスは両手で口を押さえるとタッとその場をかけ離れた。
 ワイスはぐっと男を自分のほうに向かせた。
「お前のせいであいつが傷ついた!」
「勝手にしろよ」
 やる気のない、反省の態度が見られない男を見て、ワイスは握りこぶしで殴った。
「謝れ!あやまれっ!」
 ワイスは何回もそう言って、男に殴りかかった。そして男の口から、ハリスに謝ると言うまで殴り続けた。ワイスは男を連れて宿へ戻ったが、ハリスは留守だった。
「しばらくしたらまた戻るよ」
 ワイスはそれだけ言うとまた男を連れて歩いた。さんざん歩いたあげく、ハリスを公園で見つけた。その背はどことなく寂しそうだった。
 ワイスは男に顔を寄せると、きつくいいつけた。
「見てるからな。ちゃんと謝ってこいよ」
 男は軽く頷くと、ワイスから逃げるように離れた。
 ハリスはうつむいてて、男が近づいて来るのに気づいていないようだった。
「……あのさ」
 殴られて傷だらけになった顔をのぞかせ、男がハリスに話しかけた。
「あら?どうしましたの」
 いたって平然と答えたハリスに、男は戸惑ってしまった。びんたくらい覚悟の上だったが、逆に笑顔を見せられると良心が傷ついた。
「あの、僕……」
「いいんですの。もう。何もいわなくていいですわ。さよなら。ありがとう」
 ハリスはそれだけ言うと、その場を立ち去った。

 宿にはまだエルとヒスリアしかいなかった。
「大丈夫かな、ハリスさん」
 今しばらくの間、ハリスが目を腫らしていたことを思い出し、ヒスリアは窓から外を眺めた。
「ハリスさんのことだから、大丈夫だと思うよ」
 エルもつられて外を眺めた。強い日差しを遮ってくれるような白い雲。いい天気だ。
「ハリスさん、国のことどうするんだろう………」
 昨日ヒスリアとエルに話してくれたこと。それは、ハリスが半ば家出のような形で城を出てきたこと、衰退してきた王政、なにより堕落した王。ハリスはそれらを変えたくて、もっと広い世界を知りたくて城を飛び出したのだった。しかしすぐに警備が敷かれ、この国を出ることすら (まま) ならない。
 誰かが部屋の戸を開けて部屋に駆け込んできた。ハリスはヒスリアを見つけるなり、その細い体に抱きついた。
「ハ、ハリスさん!?」
 ヒスリアは最初こそ驚いたものの、そっとハリスを抱きしめた。ハリスはしばらくヒスリアの体温を感じると、そっと離れた。その目は安心しきったように落ち着いていた。
「ごめんなさい、突然」
「落ち着きました?」
 心配してくれたヒスリアに、ハリスは笑顔で答えた。
「もちろんですわ」
 ヒスリアも安心してハリスに微笑んだ。
「あ、お帰り」
 エルがワイスを見て言った。その言葉に、ハリスが少し身を強張らせた。
「ただいま」
 ワイスはハリスを見ると立ち止まったが、手近かにあったベッドに腰掛けると、大げさに咳払いをした。
「あ、あのよ!ハリス」
「なんですの?」
 普通に返事を返され、ワイスは息を呑んだ。ただならぬ雰囲気にエルとヒスリアは二人の様子を黙って窺った。
「わ、悪かったな。首突っ込んで」
 ごめん、とハリスの背に頭を下げたワイス。ハリスはクルリと振り返るとワイスの頬をパチンと両手で挟んだ。驚いたワイスがハッと顔を上げた。
「ありがとう。優しいワイス」
「な、何だよ急に」
 ワイスがハリスを見て即座に言う。しかしハリスがもう怒ってないことを知ると、そっと離れた。
「あ、照れてる。いいんだぞ。照れなくても」
 ハリスがワイスの頬を突っついた。
「わかったから、そこをどけ。邪魔なんだよ」
「ま!失礼ね!」
 ハリスはぷりぷりと言う。この様子を見たヒスリアとエルは、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「あ、それと」
 気まずい空気がなごみ、居やすくなったハリスはぴんと指を立てた。
「わたくし、けりをつけようかと思いまして」
 話の先が見えず、三人は首を傾げた。
「なんのだよ」
 ワイスの問いにハリスは微笑んだ。
「お父様、いいえ。国王と」
 ハリスの決意に満ちた目を見た三人は、ハリスに頷いた。
「ハリスさんはそれで後悔しませんか?」
 エルの言葉に当然でしょ、といわんばかりになる。今のハリスには恐怖も不安もない。エル達のおかげで、今足りないもの、何が必要なのかわかったからだった。

「国王!」
 兵士たちのドタバタと騒ぐ音とともに、誰かが勢いよく扉を開けた。そのい勢いで大きな扉が風を押し出した。
「なんだ、お前か」
 実の父を国王と呼ぶ娘、決して名で呼ばず、後ろにいる女達と遊び呆けている実の父。二人が今、赤い絨毯の先で目を合わせた。
「下がれ」
 国王、ハリスの父は後からやって来た兵士にそう一言いい、女達と共に下がらせた。自らは玉座から身を起こした。バタンと重みのある音が響いて、広間には、両者の間に張り詰めた空気の流れる国王とハリス、ハリスの後ろにはどこか場違いのようなエル達がいた。
「ずいぶんな帰宅だな」
 兵士が追ってきたのだ。普通に玄関から入ってきたわけではなかろう。
 ハリスは表情一つ変えずに国王を睨んでいた。
「何か言ったらどうだ?それとも、私が謝ればいいのか?」
 あきれたような、やる気のない言葉に、ハリスの家出の理由を知らない第三者のエル達でさえ、この国王は間違っているとわかった。
 ハリスはここでようやく口を開いた。
「じゃ、死んで。この国の為に」
 いきなりの言葉に動揺すると思ったが、国王は深いため息をつき、深々とイスに身を沈めた。
「お前もか。あいつもそうだった」
 あいつ。父はハリスの実の母のことをそう呼んでいる。もっとも、ハリスの母が死んでからだった。
「あなたが殺したようなものじゃない」
 ハリスは低い声で唸るようにの罵る (ののし)
 ハリスの母はハリスが六歳の時、父の、愛人のような関係の者に毒殺された。その刃はハリスにも向けられる時があり、以後ハリスは安心して食事を食べたことがない。それでも、そのことはあまり苦にならなかった。それより、わからないことがあった。
『ドウシテお父様は悲しまないの?』
 幼心に感じたのは、母の死という悲しみより、母の死に対する父の行動だった。
 それまでは苦にならなかったが、父が他の女と戯れているのを見ると、母の悲しそうな顔が浮かんでくる。

『ドウシテお母様はそんなに不幸な顔をするの?

     天国に行って

            幸せじゃないの?』

 この頃からハリスは父を国王と次第に呼ぶようになってきた。
 自分とは関係のない、雲の上に生きているのだと。
 父はいない。母もいない。雲の上にいる、と。

 ハリスは憎しみより、悲しみを含んだ目で国王を見つめる。
「なぜ私が死なねばならんのだ?」
 きっと同じ質問をハリスの母にもしたのであろう。ふと、ハリスは頭の片隅でそんなことを思った。
「あなたは人の上に立つべきではない。その玉座はふさわしくない」
「玉座なんてものは、座っているだけでいいんだよ。国王なんてものは、ただの気休め、象徴でしかないんだよ」
 国王はハリスを見下ろす。そう、見下ろすのだ。危険物のないただ広い空間の中央に赤い絨毯が引いてあるだけ。その上にちょうど収まるように四人立っている。それ以上自分に近づく者はいないし、誰も危害を加えない。誰も自分を見下ろさない。そうやって「居れ」ばいいのだ。自分はそれにふさわしい人間なのだ。
 ハリスはキッと国王を睨んだ。
「あなたはそのイスに座ることの重さがわかっていない。あなたにとってはただのイスかもしれない。ええ。そうでしょうね。でも、そのイスに縛られている国民は?あなたの気まぐれな判断で、命を落とされかねないのよ?その一言で、この国が滅んでしまうのですわよ?」
 国王はいきなり立ち上がった。その顔は血にたぎり、つり上がった眉毛がピクピクと痙攣している。もううんざりだ、といわんばかりに。
「ごたくは聞き飽きた!もうそれだけか!いい加減にしてくれ!私にこれ以上何を望む!地位を与えた。服を与えた。食い物を与えた!社交辞令や、くだらない物まで全て与えてやった!」
 そうして、母がいなくなってから一生懸命に父を被った。どう接してもいいかわからず、ただ間接的に愛情を注いだはずだ!
 思わずそう叫びたかったが、手は動き、霊力のある杖をハリスに向ける。それに反射してハリスも自分の杖を取り出した。お互いがお互いの凶器を睨む。命を取りかねない、剣と同じに危ない武器を。
「殺せるのか?」
 言いよどんだ、まだ不安な言葉が返ってくるだろう。そう思っていた国王はハリスを半分あざけ笑うような目で見る。自分は殺せるぞ。
「ええ。もちろん。そのつもりで来ましたわ」
 揺らぎのないハリスの言葉を聞いて、国王がくぅと唸る。さすがにここまできて黙って見ていられるわけでもなく、ワイスが口を開きかけたが、エルに遮られた。
「いいのかよ。死ぬぜ、あのおっさん」
 エルは、それでも不安の隠しきれない表情でワイスに微笑んだ。
「ハリスさんに任せてみましょう。それに、この行く末を見てみたい」
「……あのな、もしあのじじいが死んでみ?最初のうちは隠せても、すぐにばれるよ。そしたら国民に混乱が起こる。それがやがて暴徒に発展しかねないんだぞ」
「そこのところは大丈夫だと思います」
 ヒスリアがそっと寄ってきた。
「ハリスさんだって王の代わりくらい務まりますよ」
「お、おい。あいつが国王に?」
 でも、あいつならやりかねないかもな、と思いながらワイスはハリスの勇ましい後ろ姿を見つめた。
 双方見つめあったまま呪文の一つも唱えない。精神だけを張り詰め、お互いの気迫を押したり引いたりしている。
「もう、好きにしてくれ」
 とうとう国王がハリスに屈服して、自分の杖をすっと下ろした。ハリスもしばらくして自分の、木の ()でできていた。その先端にはこぶしより少し大きい淡いピンク色の玉が埋まっていた。枝は使い込まれ、ハリスの手に合わせて擦り減ってたあとが見られた。
 ハリスはつかつかと国王に近づくと、すっと急に笑顔になった。
「わたくし、これから旅に出ますのでしばらく私の代理を頼みますわ。一緒に付いて行っても問題ありませんわよね?」
 クルリと振り返ったハリスは、あーあ、と呆れているワイスと、快く笑顔で頷いてくれているエルとヒスリアを見て満足げに頷いた。
「と、言うことですわ。」
 自分に何もしないで、自分のもとを離れて行くハリスを呆然と元国王は眺めていた。
「ま、待て!」
 我に返った元国王は、蒼白な顔をしてハリスにすがる目つきで睨んだ。
「今さら私にまだ行政を続けろと言うのか?」
「そうですわ」
 もう半分この部屋から出かかっていたハリスは立ち止まった。
「わたくしが帰ってくるまでの間、今まで通りに座っていればいいのですのよ。それに、それだけ自分命を投げ出す覚悟があるのなら、きっとできますわよ」
 ハリスはふっとこぼれるような笑顔を向けて、大きな扉の向こうに姿を消した。
 初めて人から褒められたハリスの父は、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 中での騒ぎが聞こえていたのか、帰り道は兵士も、城の中にいる人全てがハリス達に道を開けてくれた。ハリスの態度も自然と毅然となる。家出まがいの時より、胸を張れる。
『お母様。もう悲しまなくても良いですわ。これからはわたくし、しっかり生きていきます』
 どこかで、誰かが、いつかきっと、ハリスの立派な姿を見て、ハリスを笑顔で迎えてくれるだろう。


「結局こうなる」
 仏頂面のワイスは今にもすねそう。いや、もう完全にすねている。
「いいじゃないですの。あの場でわたくしに反論しませんでしたわ」
 ハリスの言葉にますますワイスの頬は膨れ上がった。
「もう、大丈夫なんですね」
 エルの問いに、ハリスは確信を持って頷く。それを見て、自然と顔がほころんだ。
「僕は、あんな壮絶な場面は始めて見ますよ」
「私も」
 驚き気味の二人にあら、とハリスが顔を寄せた。
「いつでも言ってくだされば、またやりますわよ」
「いいです」
 引き気味に二人は答えた。
「で、これからどうするんだ?」
 ワイスが足を組み直す。それに合わせて場の雰囲気も変わった。
「フォドールへ行こうと思う」
 行き先を決めていなかったエルが、しっかり決めていたことに驚き、ヒスリアがハッとエルを見る。その視線を左頬に受けながらエルは仲間の顔を見渡した。
「それからどこか行きたい所でもありますか?」
「そうですわね………。せっかく港町に行くのですから、海を渡りたいですわ」
「というと、サリ大陸?」
「ええ。あそこはなにかといろんな情報を得るには一番いいところですわ」
「情報……」
 ヒスリアがホツリと呟いた。
「ねぇ、あなた達はどうて旅なんかしてますの?危険がたくさんあるのに」
「えっ」
 エルはドキリと胸を突かれた。
「人を探しているんです」
 ヒスリアが即座に答えた。その言葉にウソ偽りはない。でも、もっと踏み込まれると分が悪かった。
『結婚のことは、仲間でもいえない……』
「誰ですの?」
 ハリスは冷や汗をかいているエルにかまわず話を引っ張っていった。
「私の親なんです」
「親を……?」
 寂しそうな笑顔を向けたヒスリアを見て、ハリスはどこか触れてはいけないような気がしてそれ以上聞いてこなかった。
「これからどうすんだ?」
 今までの話に興味がなかったのか、ワイスは少し間の抜けた声で誰となく問いかけた。
「もう行こう」
 エルはこの国の出口に当たるアーチをくぐった。それに続くように仲間もくぐる。黄緑色をした乾いた風が吹き抜け、それに乗るように四人の足取りは軽かった。