NEOSU          The writer is 楼 羽青









                  No.16 
「黄色 水色 透明色」

















 中は生暖かく、湿気を含んだ空気が辺りを包み、進む者立ちの気力を奪っていた。けはいは何もなく、自分達の足音だけが反響していた。地面は露出した岩石がそのままになっていて、この空間だけモンスター怪物の影響を受けていないようだった。
 最後尾を歩いていたフェクスンが急に立ち止まった。
「ねぇ……ここ、何か変だよ」
 フェクスンは立ち止まり、壁に触れた。時々、微かにだが、その壁だけ透けるような光がわいた。
「罠かもしれないぞ」
 ソーサフェクスンの隣で壁に耳を当て、音を聞く。しかし何も聞こえなかった。
「壊してみよう」 
 エルが剣を壁に向かって突き立てた。宝石か何かのように壁が砕けていく。しばらくするとその先が開けた。
 そこも今まで歩いてきた所とあまり変わったところなかった。ただ道より少し開けているだけだった。
 エルは剣を鞘にしまうと、先を歩き出した。皆もそれに従うように歩き出す。
 先に進むにつれ、辺りは段々開けてきた。音もさっきまで歩いてきた道よりは、響かなかったが、相変わらずその他の物音はしなかった。その中で、長くなった人影が前方に見え、エルは立ち止まった。
「敵、だと思う?」
 エルが後ろにいる仲間に小声で話し掛けた。
「一応用心しておいた方が―」
「必要ないよ」 
 ユエがワイスの言葉をさえぎった。前を見据えているユエの目は、信じきった、揺らぎのない目だった。
「ユエ?」
 ヒスリアがユエを見つめる。ユエはそのまま影のほうへと駆け出した。
「カリオス!」
 その言葉に仲間は反射的にユエの後を追いかけた。
「カリリーン!!」
 黒い影がその輪郭をはっきりとさせ、その姿を現した。それはあの時、永界の扉の中に消えていった時のままの姿だ。ユエはカリオスに飛びついた。カリオスは静かに飛び込んできたユエをしっかりと受け止めた。
「カリオスと呼べ」
「うふふ」
 ユエはカリオスの大きな胸の中で微笑んだ。その目に安堵から流れた涙がこぼれる。カリオスはユエを離すと、その涙をふいた。
「ただいま」
 カリオスがユエに優しく微笑みかけた。ユエはそれに満べんの笑みで答えた。
「お帰り!」
 ようやく追いついた仲間が、カリオスの姿を確認して皆駆け寄る。
「カリオス!」
 ヒスリアがカリオスの名を叫び、カリオスに近づいた。
「本当に…カリオスさん?」
「本当だ。……元気だったか?」
「はい!」
 カリオスはヒスリアを見て、エルを見た。エルもカリオスを見ていた。
「心配かけたな」
 カリオスはエルの所まで歩き出した。
「あのあと、おれは自分の過去を見てきた」
 カリオスはエルの前に来て、立ち止まった。
「そして全てを思い出した」
「全て?」
 ユエが振り返り、カリオスに聞いた。カリオスは一人歩き出した。
「昔話は、またの楽しみにしておこう。急ぐんだろ?」
 その言葉に、真っ先にユエがカリオスの隣まで走り出した。
 カリオスは仲間の近づいてくる心地よい足音に耳をかけ向けた。
『もう。もう絶対誰も死なせない。必ず守る・・・・・!』
 
 カリオスの再会に皆の足取りが自然と軽くなる。敵地にいるのにも関わらず談笑を交えながら一行は先へと進む。
 しかし喜びもつかの間、道はすぐに行き止まりとなってしまった。
「やっと来たか」
 ジェリノが上空からエル達を見下ろしていた。皆戦闘態勢に入り、その姿をにらみつける。ジェリノは懐かしいカリオスの姿を捕らえると、呟いた。
「戻ってこられたのか」
「お蔭様でな」
 カリオスは剣を二本抜いた。全員、最後の戦いに挑む準備はできている。
 ジェリノは口元を緩めるとm少し上に飛んだ。ジェリノのいる所だけやけに広く、ドーム状に高くなっていた。それはジェリノにとって有利だった。
「さて、余興はいいから始めようか」
 ソーサの細い、鋭い目がジェリノを睨んだ。
「そうだな。退屈だしな」
 ジェリノは大きく振りかかった。
 カリオスはジェリノの攻撃を受け流しつつ、技を練った。昔の剣さばきは衰えていなかった。辺りにあるわずかな風を自分のものにすると、それを剣に集めた。刀身を中心に風に舞う無数の細い刃がジェリノに向かって突き立てられた。それはカリオスの得意技、針葉弧だ。ジェリノが攻防している隙に、エルとハリスが同時に動いた。
「全ての泉、全ての生よ。ここにあるもの、ありとあらゆるものを飲み込みたまえ!」
「サーフル」
「冷露山」
 エルの技と、ハリスの水の技が絡まり合い、エルの技がさらに大きくなってジェリノに向かった。
「チッ」
 ジェリノは自分の力でそれを相殺すると、体勢を立て直した。しかしそれをも許さない。
 ヒスリアとワイスの合体技も飛んだ。ジェリノの体に刻み付けた。
「じゃ、ぼくも」
 フェクスンが自前の薬をジェリノに投げつけた。強酸性の毒で、触れるだけで効果があるのに加え、ジェリノの傷口にそれが入り、ジェリノは叫びを上げた。
「どう?僕の実力?」
「そんなもんでしょ」
 ユエはイストロイドに再び糸をつけると、慣れた手つきで細かく指を動かした。
「行くよ、イストロイド!」
 イストロイドの体が宙に浮いた。ジェリノとイストロイドが同じ目線になる。
「殺風刺」
 イストロイドが垂直に降下した。しかしイストロイドはジェリノの手ではじかれてしまった。ユエはそれを見て、膨れっ面をする。
 ジェリノは全力でヒスリア達に向かってきた。傷ついた傷をかばう様子も見せず、ただ全力を尽くしていた。
「くっ」
ジェリノが深手を負って、地面に膝をつく。体中から血を流し、黒い羽はボロボロになり、もう飛ぶことはできなかった。
「とどめだ」
 ソーサが銃を構えた。引き金を引こうと、指を動かした時、
「もうよい」
 上空から拡散された声が響き、反射的に見上げる。しかしそこには何もいなかった。
「良くやった」
 声がそう言うと、前方から油の抜けた扉の開く音がした。今まで気が付かなかったが、そこに銀でできた大きな扉があった。
「ジェリノ」
 ジェリノはその扉の方に体を向けると、深々と頭を下げた。
「…はい」
「もう……疲れたでしょう?」
 ジェリノはその声に答えなかった。
「お前には別のことをしてもらう」
 声がそう言うと、ジェリノの体が、光となって透け始めた。
「待て!そいつは、俺が殺す!」
 ソーサはジェリノに向けて撃ったが、弾は体を通り抜けるだけだった。
「お前はおとなしくしていろ」
 声がすると同時に、ソーサが左腕をつかんで膝をついた。
「ソーサさん!」
 近くにいたエルがソーサに駆け寄った。ソーサの紋様がさらに色濃くなっている。
「お前……五星魔の一人だな………」 
 ソーサは苦し紛れの中でで、声を絞り出した。
「そうだ」 
 隠すことなく、率直に答えが返ってきた。
「お前もじき、ジェリノの手によって消えたものの所へ行く」
「……なに?」
「ジェリノの手によって殺された人の心の玉は、我の力となるのだ。我は力が欲しかった。その為に五星魔の一人となり、契約した者の心の玉、すなわち、力を我の物としていた」
「………許さねぇ」
 ソーサが一人立ち上がった。
「お前のくだらない欲望のために、どれだけの命が、どれだけの未来が、消えたと、
 思ってるんだぁぁぁあ!」
 ソーサの撃った弾は、開け放たれた扉に向かった。しかし、その扉の前で弾はむなしくその動きを止めた。
「無駄だ」
 弾丸が音をたてて地面に落ちた。
「………くっ」
 ソーサは力尽きて地面に倒れた。すかさずカリオスが手を伸ばし、その体を受け止める。
「さあ、我が子よ。来るがいい。お前の本来の姿になる時が来たのだ」
 ゆっくり、全員がヒスリアを見た。ヒスリアは笑顔で一人一人に頷いた。そしてゆっくり一歩一歩扉に向かって歩き出す。ヒスリアはソーサとカリオスの横を通り過ぎるとき、ソーサの様子を窺った。ソーサは紋様の力に及ぼされているせいか、息が乱れている。
「ソーサさん……ごめんなさい」
 ソーサはうめいたが、それが言葉として聞き取れなかった。ヒスリアは立ち上がると、また歩き出した。ヒスリアが最後の仲間、エルの横を通る時、エルがヒスリアの手を取った。握った手に力がこもっている。
「行かないで」
 エルはヒスリアを見詰めた。ヒスリアのやわらかな表情を見てエルは力を緩める。
「必ず…帰ってくるよな?」
 きっと泣きそうな表情だっただろう。どんなに想っても、どんなに言ってもヒスリアは立ち止まったりしないのだ。ヒスリアはエルに微笑みかけた。
「帰ってくる。絶対、帰ってくる」
 エルは空いた手でポケットを探ると、何か取り出した。
「お守り」 
 エルはそう言って、ヒスリアに手渡した。それはワネータで半強制的に買わされた正方形の結晶を半分に割って作られたジュエリーだった。しかし今では買ってよかったと思っている。一緒に行けなくても、心はいつも同じだ。それが少しでも強くなるように、と。
 ヒスリアはそれを受け取ると、首から下げた。嬉しそうに少し眺めると意を決したように顔を上げた。
「行ってくるね」
 エルは溢れそうな不安の中、力強く頷いた。
「行ってらっしゃい」
 ヒスリアが一歩一歩、光の中に進んでいった。その姿が光の中に溶け込むと、ゆっくりと音をたてて扉が閉じた。
 エルは扉が閉じると同時に、膝をつき、溢れてきた不安を押さえつけた。
『ヒスリアは、大丈夫。そう……信じてるから……!』
 ワイスはすぐソーサのもとに駆けつけた。そして、ソーサの治療を始めた。
「なんとか山は越えたようだ」
 ワイスが顔をあげた。
「でも、しばらく休ませないと………逝くよ」
 最後の言葉に、全員が言葉を飲み込んだ。
 ヒスリアが帰って来るまでの間、それぞれジェリノとの戦いの傷を癒した。カリオスは辺りを見回して呟く。
「あまり、いい所ではないな」
 カリオスの呟きに、エルは首を傾げた。
「何がです?」
「ここには死者の魂が徘徊している」
 カリオスはうつむいた。
「この中に、昔会った人がいるかも知れない」
「え?」
 カリオスはまた見上げた。
「昔に、会った人がいるかも知れないのさ。それだけだ」
 ユエをもおのずと上を向いた。
「エル」
 ハリスが膝を抱えながら、目線を下に向けたまま聞いた。
「不安じゃありませんの?」
 ハリスの問いかけに、エルはしばらくしてまた首を傾げた。
 もう、心は決めたのだ。
「だって、もしかしたら……」
「大丈夫です」
 エルはハリスに笑いかけた。
「信じてますから。絶対に帰ってくるって。そんなことより、ハリスさんはいいんですか?」
「何がですの?」
「同じことですよ」
「わたくしも、ヒスリアのこと信じていますもの。きっと、大好きだからこそ、信じていられるんですわ」
「ユエも!」
 ユエが大きく返事をした。
「そうだな。俺も、旅してて、最初はなんとなく一緒にいたけど、今となっては、目的なんて関係なくなったよ。いたいからいる。カリオスもそうだろ?」
「ああ」
 ワイスはエルを見た。
「みんな、知らないうちに通じ合っていたんだよ」
「そうですね」
 エルは再び扉を見詰めた。
『ヒスリア……みんな、みんな君を待っているんだ。君と一緒にいたいって、みんな君のことが好きだって。もし君があの人の手に落ちても、僕達が君を救ってあげる。だから……早く帰ってきて!!』
 突如、壁が爆発音と共に砕け散り、光に包まれたヒスリアが出てきた。
「ヒスリア!」
 エルはヒスリアに駆け寄ろうとしたが、違う様子に立ち止まった。ヒスリアは先にあるものを睨みつけていた。そしてヒスリアが叫んだ。
「みんな!私と一緒にこの人を倒して!」
 砂埃と一緒に黒髪の男が出てきた。その男は、邪悪なオーラを発しながら、ヒスリアを睨みつけていた。
「倒せるものなら、倒してみろぉ!」
 ヒスリアがさっと後ろに下がり、出て来た敵を見据えた。エルは剣を振り上げた。
 ヒスリアが力を敵にぶつけた。敵はヒスリアの向かって攻撃を繰り出した。ハエのように群がるほかの敵など、眼中になかった。時には傷つくことがあるが、ほとんどの攻撃は無意味だった。
「くそっ!」
 エルは地面に膝をついた。
「あと少しなのに…攻撃が当たっていない……」
「エル」
 ヒスリアがエルの顔を覗き込んだ。
「私の力をあなたの剣に込めるわ。それであの人を討って」
 敵が苦し紛れの中で、ヒスリアに言った。
「そんなことをしたら、自分が我と一緒に消えることくらいわかっているだろう!!」
 突き立てられた現実に、沈黙が流れた。
 エルはヒスリアを見つめる。ヒスリアがゆっくりと頷く。そしてヒスリアは手を自分の胸に当てる。エルがあげたペンダントが光を受けてきらりと光った。
 そうすることが一番なのだと。そしてヒスリアは大丈夫とも訴えるように。
 エルヒスリアに頷き、が立ち上がった。
「一緒に行こう、ヒスリア」
「…うん」
 ヒスリアはエルに微笑むと、エルの隣で自分の持てる最大の力を込め始めた。徐々にヒスリアの力が抜けていく。倒れそうなヒスリアの肩を、ハリスがしっかり受け止めていた。込め終わるとヒスリアはぐったりとハリスに寄りかかっている。そしてエルの剣は新しい力を得て光り輝いてる。
「エル、討って!」
 エルはヒスリアの力で明るくなった剣の柄を持ち直し、目の前の敵に向かって振り上げた。
「だぁぁぁぁあああ!!!」
 エルは大きく飛び上がると、剣を振り下ろし、剣が敵を切り裂いた。