No.13
「光と星 冬の妖精」
エルは少しづつ目を開けた。すると、目の前に懐かしい光景が広がっていた。見慣れた道。見慣れた家。それは故郷の姿だった。
エルは目をこする。しかし結果は同じだった。こつ然とエルだけそこに立ち尽くしていた。
「……なんでここに?だって僕は…」
ふと景色が変わり、エルは気づくと自分の家の前に立っていた。自分以外の風景が変わっている。どうやら映像を見ている気分だ。
『家だ。帰って来たのか?』
家まで後少しの所で、目の前がかすんだように思えた。エルは目をこすってみると、そこには悲しげな表情をする自分が立っていた。
『…!』
悲しい自分が一筋涙を流した。
「家なんかに帰りたくないんじゃなかったの?」
目の前の自分が苦しそうに呟いた。エルは自分を見つめた。
「今まで、自分に気づいてくれなかった人達に、会いたいの?」
『昔の自分……』
エルは自分から目を反らした。昔は嫌で嫌で。顔も見たくなかったのに。それなのにどうでしてだろうか。今ではそんなでもない。
『そう。なんでだろう。今はとても会いたい。あんなに軽蔑していたのに、何でだろう。今では昔の自分のような思いにはなれない』
エルは自分を見ると、まっすぐに言った。
『もういいよ。確かに昔はそう思ってた。でも、今ではそう思えない。ヒスリアや……みんなのおかげで気づくことができたんだ。
人は、自分から信じないと、相手も信じてくれない。
これが、僕がみんなから学んだことだよ。今まで存在を認めてもらえなかったのは、僕が相手の存在を認めなかったからだ。……いや。それは言い訳だ。本当は、傷つくことが怖かったんだ。怖くて怖くて。だから逃げていた。本心を言えば、避けられると思ってた。でも、もう逃げない。だって、僕には守りたい人がいるんだから』
エルがそこまで言い終わると、ふっと目の前の自分が消えた。それと共に目の前の風景も消えた。
『そう。僕はいつも裏と、表の自分を作ってきた。それを、仲間の前でもしてたんだ。傷つくのが怖かったから。でも、全てをさらけ出せる仲間が出来て、僕は変わった。だから、今でも……いいや。これからどんなことがあっても、仲間は守り抜く。
……もちろん。ヒスリアも……』
しばらくそのままベッドの中にいると、コンコンと誰かがハリスの部屋の扉を叩いた。
「はい。どうぞ」
とっさに答えると扉が開き、一人の兵士が入って来た。
「姫、王様がお呼びです」
いつも何かと用がある時に来る兵士の一人だ。あまりにもいつもと同じすぎる 光景にハリスは自分がもとの生活に戻って来たのかと信じ始めていた。 「……わかりました。すぐ行くとお伝えください」
兵士がさっと敬礼して部屋からいなくなった。それと同時にハリスはため息を ついた。変らない、ということは前と同じ、ということなのだ。
「何の用でしょうか、父上」
「うむ」
ハリスは玉座と対面して立つ。その玉座にどっぷりと座っているハリスの父、 アウェア国の国王がハリスに言う。
「お前、最近授業など怠っているようだな。何か考え事があるにせよ、そのよう な優柔不断な態度をとっていては、立派な王妃にはなれないぞ」
『ウソおっしゃい………』
「わかったな?」
「はい」
「なら下がっていい」
「……はい」
カツン、カツンとヒールの音を響かせながらハリスはさっさと父の前から足早 に去った。
一歩踏み出すごとにヒールの音が高くなり、ハリスの中に怒りが溜まっていく 。
『なにが、優柔不断は良くない、ですわよ!あなた、自分が何をやっているのか わからないからそんなことが言えるんですわ!王だからって何人も妻をもらって いいわけではないし、それに………』
立ち止まり、物思いに外に目をやる。
『唯一の子供だからって、子供なんてどうでもいいと思ってる人なんなか、親に なっていいわけないですわ』
ハリスは部屋に戻ると、そのまま倒れるようにベッドに伏せた。怒りが行き場 のない悲しみに変り、その悲しみが堰を切ったように溢れてきた。
「どうしてわたくしはここにいますの?本当は、今ごろ旅をしているはずじゃあ りませんの!こんな思いをまたするために帰って来るはずありませんのに!それ に……」
『みんなはどこにいますの―?』
ハリスの頬に涙が流れた。
「今日は舞踏会が開かれる。お前も参加するのだぞ」
王がハリスにそう命じた。その横で、今の妃が頷いた。ハリスは空返事をすると、 時間が空いていたので、あてもなく城を歩き回る。歩いていながらもその眼差しはどこか虚ろだ。
王は気ままな生活を好んでいる。早く言うと、怠けているのだ。政治はほとん ど他人にまかせて、当の自分は遊びほうけている。その結果、妻を何人も持って る。今玉座に座っている妃も、そのうちの一人だ。そしてその人はハリスの母で は、ない。
『お父様は、わたくしのお母様が病に倒れても、何もしなかった。死んでも、苦 に思っていなかった。わたくしは、望んでここにいるわけではありませんわ。で きるのなら、違うところに生まれたかった。もっと家庭愛に恵まれたところに生 まれたかった―
どうしてですの?どうしてわたくしはここにいますの?』
ハリスはこれ以上思うのをやめた。辛すぎて、また涙が浮かんできそうだった から。どうすることもできない事実。変らない、想い。
華やかな音楽と共に、人々の笑い声が聞こえる。誰もが浮かれている中に、華美(はなび) やかに着飾ったハリスがいた。挨拶に来る著名人に会釈をする。宮廷儀礼もお手 のもの。自然と慣れてしまった。
ハリスは内心、笑いかけてくる笑顔が作り笑顔だと確信していた。変なことを すれば、自分の立場が危うくなる。人は、人より高い地位に着くと、それを必死 に守ろうとする。そんな醜い姿がハリスにとってはくだらなくて仕方なかった。
『今日も早めに切り上げようかしら』
ハリスがぼんやりとそう考えていた時、白いスーツに身を包んだ若い男に声をかけられた。
「楽しんでいますかな?」
ハリスはゆっくりと振り向く。ハリスより一つか二つ上の、整ったきれいな男だった。優しく微笑む表情に、スーツ姿がよく似合っている。
「ええ。あなたは?」
「それはもちろん。楽しませていただいていますよ」
「そう。それはよかったわ」
正直もうそろそろ飽き飽きしていたハリスは、早々に切り上げてこの場を立ち去りたかった。が、男がすっと膝をつき、ハリスの手を取った。
「踊っていただけますかな?」
「え?ええ………」
ハリスは気持とは裏腹に、にこやかに笑うと相手の手を取る。
軽やかな音楽とともに、ホールで流れるようにハリスが踊りだす。自分ではそれほど上手とは思っていないのだが、周りの目からはいつも一目置かれていた。
『そういえば、船の上で楽しく踊ったわ。ぎこちないヒスリアと、はしゃぎすぎていたユエ。それを眺めていたワイスにエル。あの時のほうが何百倍も楽しいかったですわ。できれば、もう一度…もう一度やりたいですわね。この旅が終わったら、いいえ。再会したら、もう一度やりましょうよ。いいでしょう?みんな―――』
「これからどうなさるのですか?」
男の声で、ハリスははっとした。すでに一曲踊り終わっていた。
「特には……ありませんわ」
「では、ちょっと歩きませんか?」
男がハリスの手を引いて会場の外へと連れていった。ハリスはそんな男の後ろ姿を見て、小さく震えた。
『いや。わたくし、そっちには行きたくない。わたくしのいるべき場所はそっちじゃない!
もうあの人に……アウェア国の国王に縛られて生きるのは嫌なの。それから開放してくれた、みんなのもとへ帰りたい!わたくしは、もう親からの愛を求めない。わたくしは…わたくしは愛を与える存在になるんですの。そして誰も同じ感情を抱いて欲しくない。こんな気持ち、私だけで十分ですわ。だから、だからわたくしを、わたくしとして見てくれるみんなのもとへ返して!!!』
□
「だい…ぶ……ハリス…大丈夫?」
ハリスはゆっくり瞼を開けた。ぼんやりとする視界の中に、フェクスンの姿を確認できた。
「―――…?わたくし……」
ハリスは起き上がると、辺りを見回した。ハリスと同じようにエルとソーサも今起きた、と言った感じだった。いつの間にかフェクスンが独りで調べていた部屋に全員いた。
「みんな倒れてたんだよ」
「でも、どうしてここに?」
エルの問いかけに、フェクスンは何かのスイッチを入れた。すると、大きなモニターにあの模様が写り、その前に三人とも倒れていた。
「この通りさ。だからコポ連れて助けに行ったんだ。そしたらこんなもの見つけてさ」
フェクスンが小さなポシェットから手の平ほどの大きさで、緑色をしている鉱石を取り出した。
「知ってる?」
みんなに見せるようにフェクスンが傾けた。鉱石がきらっと光に反射した。
「それがブークストーンだ」
ソーサの言葉に、フェクスンが顔をしかめた。
「でも、写真に写っていたのは黄色だったよ」
ソーサがふっとせせら笑った。
「おいおい。研究者が常識に捕らわれていてどうする。珍しい物なのだろう?色の一つや二つ違っても、変わりないだろう」
「いや。変わりあるね」
フェクスンが腕を組んで言った。
「鉱石とか石とかって、大体色が決まってるんだよ。ってことは、成分か、性質が違うのかな?それとも、人工的に作られた物とか?いや。それはありえない。だったら―」
フェクスンが完全に自分の世界に入り込んでしまった。
「フェクスン?」
エルが呼びかけても、フェクスンはびくともしなかった。
「フェクスーン!」
「ん?なに?」
エルがフェクスンの耳元で叫んで、ようやく考えるのをやめた。
「何ともなかったの?その石を取った時」
「ああ。何ともなくなかったよ」
「え?」
どうやら変な感覚に襲われたのは三人だけらしい。フェクスンはこれといってなんともない様子だ。
目的のものを手に入れた一行は、不思議な体験をした古い研究所を後にした。
「おおー!戻ってこられましたか!」
依頼人の店にやって来た四人を、男は温かく迎えた。その手はコネコネと動いて、あきらかに石を欲しがっていた。
「で、見つけてくれましたかな?」
「はい。これです」
エルは少し大きめの黄色い石を男に見せた。その瞬間、男の目が輝いた。
「と、その前に」
エルが石を引っ込めた。
「先に電車のチケットをください」
「もちろんですとも!」
男が店の奥へ飛んでいくと、長方形の紙を四枚持ってきた。そしてそれをエルに渡した。エルは受け取ると、石を男に渡した。
「ありがとうございます!その電車は今日出発ですので、お早めに」
男は早口にそう言うと、どこかへ姿をくらました。
「さ、僕らも早く行こう」
他の三人が頷いて、走って店をあとにした。しばらく経って、男の店から悲鳴に似た叫び声がした。
「でも、あれでよかったんでしょうか?」
動き始めた電車の中で、エルがソーサに聞いた。ソーサは頷いた。
「いいんだ。あんな男に、その石を渡すわけにはいかない」
ソーサがエルの持っている本物のブークストーンを見て言った。
「でも、あいつもバカだね。ま、僕の技術にかかれば、ただの石でさえ、ブークストーンに見えちゃうのか。それに、スイートクラスの車両を取るなんて。たぶん、一人十五万はしてるよ」
「うへ〜」
エルが辺りを見回しながらいった。
フェクスンの言う通り、あの男は四人にスイートクラスのチケットを買ってあったのだ。それぞれ個室で、豪華だった。
「ねえ、その石僕にあずけてよ」
フェクスンがエルの持っている石を見ながら言った。エルはフェクスンに手渡した。
「いいの?」
フェクスンの目が、おのずと輝いていた。
「うん。僕にはどうにもできないし、それにいろいろ調べたいでしょう?」
「うん!じゃ、さっそく調べる!」
フェクスンが無邪気に自分の部屋へ戻っていった。
「ガキ、だな」
ソーサがフェクスンの去ったあとに呟いた。それにハリスが笑った。
「でも、そんなフェクスンのこと、頼りにしてるんでしょう?」
「まあな」
ソーサが笑みを浮かべた。エルも自然と笑みが浮かんだ。
それからの旅はとても有意義のあるものだった。スイートクラスなので、申し分なく居心地がよかった。後でフェクスンの分析結果を聞いた。色が変化しているのは、エネルギーがもとの鉱石の臨界点を超えるほど、高いエネルギーを持っているからだと言った。そしてブークストーンはフェクスンが持っていると何に使うかわからないので、ハリスが持つことになった。フェクスンはかなり文句を言ったが最後にはしぶしぶ承諾した。
「こんにちは〜」
エルの部屋に四人集まっている時、つばの広い大きな白い帽子をかぶった一人の商人が部屋の入り口に立っていた。
「ごきげんいかがでしょうか?」
列車にはよくある列車販売ならぬ、列車商売をしている人がやってきた。エルが商人を怪しげに見ているとき、横にいたソーサが小さな声で教えてくれた。
「あいつは金持ち専用の商人だ。ボッタくられないように気をつけろよ」
エルは笑みを浮かべると、商人を見た。
「こんにちは。何を持ってるんですか?」
愛想のいいエルの態度に、商人は手にもっていた品を広げ始めた。
「はいはい」
商人が品の説明をし始めた。その時、ソーサは列車の窓から微かに雪を見た。
エルが二品買うと、商人はそこに居座り始めた。くだらないような長話を繰り返している。
「そういえば、お客さんを捜して言える人を見かけたよ」
その言葉に、その場にいた四人が反応した。
「その人は、どんな人ですか?」
エルは興奮を押さえて商人に聞いた。商人は首をひねってしばし唸った。
「そうですねぇ。四人組の旅人で、もう一人やけに背の高い人がいました。二人女で、二人男でした。
「もしかして…」
ハリスが声を漏らした。
「その中に、金髪の人がいましたか?」
商人はまた首をひねった。
「どうでしたかねぇ。背の高い人しか印象に残っていないのですよ。その人のことならわかるのだけどね」
「こんな感じの人じゃなかった?」
フェクスンがコポの頭上からポノグラフのようなものを映した。そこにはイストロイドの姿が鮮明に写っていた。
「そうそう!」
商人がポノグラフを指差した。
「この人!この人です!」
「ってことは……」
エルの脳裏にヒスリアの顔が浮かんだ。
『ヒスリア達は無事だ!!』
「こいつをどこで見かけた?」
ソーサが商人に聞いた。
「確か…セルトンです。でも、今もいるとは限りませんよ。会ったのが四、五日前ですから」
エルの目にパッと光が宿った。今までかけられた不安と、苛立ちが、一気に晴れていった。
エルはフェクスンに後何日でワネータに着くか聞いた。フェクスンはざっと一日だよ、と答えた。
いつの間にか商人が部屋から出て行き、エル達のいる部屋は、心なしか希望に満ちていて、おのずと話しが別れた仲間のことになる。
「でも、今ごろどうしているのかしらね。ヒスリア達は」
「きっとのらりくらりしているんだよ。こっちの苦労も知らないで。あーあ。またあのうるさいのと一緒に旅しなきゃならないのか」
ハリスがクスッと笑った。
「そんなこと言って。本当は懐かしいんじゃありませんの?」
「僕が!!?まさか!」
フェクスンがハリスを見た。ハリスがまた笑った。
「ハリスだってあいつに会いたいんじゃないの?」
「わたくし?」
ハリスは窓の外を眺めると、フェクスンに微笑みかけた。
「わたくしは大丈夫ですわ。またあんな日々が続いても」
フェクスンはハリスが強調して言ったところの表情を見て、もうこれ以上何も言わなかった。
雪が激しく辺りを白くしていた。