No.12
本当の
自分
「あーあ。つまんないの」
フェクスンがうーんと伸びをする。部屋にはフェクスンしかいなく、とても静かだ。
「だったらもっとおいしい薬を作ってよ」
突然の声にフェクスンが驚いてその姿勢のまま固まる。優しさのあるその声の主が、フェクスンの近くにあったイスに座りフェクスンの顔を覗きこんだ。
「お、おどかすなよエル」
エルはふ、とフェクスンに笑った。
「ごめん、ごめん。それより、フェクスンはいい薬を作るけど、あの…黒い、小さい薬はどうにかならない?苦いよ」
フェクスンがエルの様子を見る。 いたる所に傷跡がある。フェクスンはそれを見て、ソーサが何をしてエルがなんの薬を飲んだのかを理解した。そしてちょっと親分のような気分でエルをたしなめた。
「よく言うでしょう?良薬は口に苦しって」
エルは力なく微笑む。
「でもあれは苦いよ。もっとおいしいのはないの?」
フェクスンは言われて自分のポシェットを探り始めた。そしてあるものを見つけてニヤリと口の端を持ち上げた。
「あるにはあるよ。……はい。これ」
フェクスンは小さな瓶に入った、赤色の薬を手渡す。エルはそれを受け取ると、栓を開けて臭いをかいだ。無臭だったので、エルはそれをほんの少し舐めた。口の中にイチゴのような味が広がる。 フェクスンが
「それ、言っとくけど下痢剤だから。少しでもピーピーだよ」
エルがそれを聞いて、エルが脱兎のごとく水道へ向かい、口をゆすぐ。フェクスンはそんなエルの様子を見て笑い転げた。
「うそだよ、うそ!それはただの栄養剤だって。安心しな」
「この!」
エルが戻ってきてフェクスンの首を軽く絞める。フェクスンもふざけて、笑いながら苦しいまねをした。エルは手を離すとフェクスンと顔を見合わせてお互いに笑った。そこへソーサが部屋に入ってきて、エルは笑うのをやめてソーサに近づく。
「あの、ソーサ。あ、ありがとう」
ソーサはエルを振り返る。
「おれは何かした覚えはないぞ」
そう言って、そそくさとふとんに潜り込んだ。あえてそっけない態度をとるソーサにエルは頭を下げた。
『気づかってもらって……やっぱ。僕はまだ子供だな………』
「何?」
エルに見られていることに気づいたフェクスンがエルを仰ぐ。エルはフェクスンに微笑んだ。
「なんでもない。僕達も寝よう」
エルはフェクスンの背中を押してベッドへ向かう。フェクスンは押されるまま自分のベッドに行き、床につく。
『ありがとう』
言えなかった言葉をそっとフェクスンの背中に向かって呟いた。
「おはようございますわ」
ハリスが食卓の場で向かってくるエルににっこりと笑いかける。エルも微笑み返した。エルの様子が変ったことに一瞬驚いたハリスだったが、それもすぐに普通に戻った。一緒にいたフェクスンもエルにあいさつをし、ソーサは少し離れた所で食後のコーヒーを飲んでいた。
「僕達、これからどこへ行くの?」
フェクスンそれとなく聞くと、エルはパンを口に頬ばりながら答えた。
「まずラミンブヘ行こうと思う」
「ラミンブヘ!?」
フェクスン大声を上げて立ち上がった。驚いて全員がフェクスンを見つめる。
「どうしましたの?あそこに何かありますの?」
フェクスンはみんなの視線を浴びて恥ずかしく思いながら、ゆっくりイスに座りなおした。
「うん。ちょっと知り合いがいて……」
「その人に会いに行く?」
う〜んとフェクスンが悩み始める。そんな様子を見てハリスが言った。
「悩んでいるのなら行くべし、ですわ。決まり。行く先はラミンブ!」
ハリスは楽しそうに言うが、フェクスンはうなったままだった。
□
ラミンブまではかなりの距離があった。冬が近づいてきているせいかミランブに近づくにくれ、朝は霜が降り、肌寒くなってくる。
ミランブに着くとエル達は早速ヒスリア達を探したが、その姿どころか見たという人すらいなかった。
「ここの宿を取っておいた」
一人で行動していたソーサが聞き込みをしていた三人と合流するとそう言う。歩き疲れていた三人は一休みしているところだった。
「ありがとうございます」
エルがぺこりと頭を下げる。ソーサは手にもっている小さなボトルを三人に手渡した。
「ホットティーだ。温まる」
寒い中歩き回っていた三人の体はとうに冷えており、ソーサがくれた温かなボトルを受け取った時、手から伝わる温かさにほっとして体がほぐれていく。
「ソーサも気のいいところがあるんだね」
フェクスンがもらったお茶を飲みながら言う。その横にいるハリスは嬉しそうにお茶を飲んでいるのに対し、 フェクスンは成分をいちいち分析しながら飲んでいる。ソーサはそれをみて今後フェクスンには何も買ってあげないでおこうか、と本気で思ってしまった。
もうこれ以上探すところがなくなるまで探し終えてしまったエル達は宿へ戻った。何も情報が得られなかったエルは少し落胆の色を見せる。フェクスンの用件はもう済んでしまい、これからどうすうか四人は宿で話し合っていた。
「エル」
「何?」
「これからどうするさ。僕の用事はもうすんだし。どこか行きたい所とかってある?」
「………」
なるべく先のことは考えたくなかった。だが、やはりこれだけは避けられなかった。
他に行く当てがない四人はしばらくうなったままになった。
「あんた達、行き先に困っているのかい?」
突然の問いかけに全員が声のした方をふり返る。いつから聞いていたのか、エルの向かい側の席に座っている男がにこにこしながらこちらを見ている。
フェクスンが笑っている男を見て、少し顔をゆがめて感想を述べた。
「意味もなく笑ってるなんて気持ち悪いよ。そう言う人って、モテないんだよね」
フェクスンに言われて男はさっと笑うのをやめた。気を取り直すため咳払いをする。
「と、ところで行き先に困っているのではないでしょか?」
不審に思いながらもエルが頷く。
「なら、王都ワネータへ向かったらどうですか?誰もが一度は行きたいと思うところですよ」
「王都、ワネータか………」
ソーサが呟く。
ワネータは王都という名にふさわしく、人や物が多く行き交う一大街だ。そこにいけばもしかしたら誰かヒスリアを見た、あるいはヒスリア達がいるかもしれない。
「でも、ワネータなんてここからじゃ遠すぎだよ」
フェクスン呆れたように首を振る。
「フェクスン、どれくらいかかるんだ?」
「………簡単に言うと、歩いて行くとしたら絶望的。一年はかかるよ」
「い、一年!?」
エルは驚きのあまりその場に立ち上がった。それを見かねてさっきまで笑っていた男が口を挟んだ。
「そのことなら心配ありませんよ。知らなかったんですか?この先にワネータ行きの電車が通っていることを」
自分が知らないことなんてあるはずないのに、簡単なことも知らないのか、といわれた気分になってフェクスンはムッとする。
「そんなの知ってるに気まってるじゃないか。お前こそ知ってるのか?その電車賃が一人十万ティファだってことをさ!」
「じゅ、十万!?」
エルは目をまん丸にして驚く。
全財産を合わせてやっと一人分買えるか買えないかくらいの金額だ。それをあと三人分なると果てしなく時間がかかりそうだ。
「そ。だからこいつの言っていることなんて聞かないほうがいいよ」
そう言われ男がエル達のテーブルに近づき、一枚の写真をテーブルの上に置いた。写真には黄色の宝石のような物が写っていた。 「これを取っていただけたら、四人分のチケットを用意してあげますよ?」
写真をのぞきこんでいた四人は、今度は男を見つめる。 「これは?」
見たこともない石にエルは首を傾げる。男が口を開く前にフェクスンが遮った。
「この世界に実存する魔石だよ。名前はブークストーン。膨大なエネルギーを持つその石は、使い道はさまざまだよ」
「さまざまって例えば何ですの?」
ハリスが少し鼻高々になっているフェクスンに聞くと、フェクスンは写真を一瞥してから答えた。
「いろんな動力源になるよ。日常で言えば電気エネルギーを作って明かりを灯したり、画期的な乗り物を動かしたり、この世界を粉砕できる兵器とかもこれで作れる」
フェクスンはきっ、と男を睨みつけた。
「こんなもの持ってどうするつもりさ。第一、こんな物どこにあるのかわかっていないじゃないか」
「それは心配ありません」
男は写真をしまうと、四人に微笑みかけた。
「ここより南に、昔に建てられた研究所があります」
「研究所!?それどんな研究所?科学?生物?それとも………」
「あの、話を続けてもよろしいですか?」
男の言葉でフェクスンはしぶしぶはやる好奇心を押さえた。フェクスンが黙ったのを見て男は話を続けた。
「この奥に石が安置されている、という情報が手に入ったのです」
「それは確かな情報ですの?」
ハリスがあやしい、と言う表情で男を見つめる。男は笑顔で返した。
「はい。………しかし、あそこにはモンスターが住みついてしまったのです。なので普通の人の手には負えなくて………」
「それでおれたちに依頼、か」
ソーサが話に付け加える。依頼される理由は分かったが、その依頼内容の石に関していくつも疑問点がある。物が物だけにエルは皆の様子をうかがった。
「受けてもいいんじゃないの?」
フェクスンの言葉に男の顔が明るくなった。
「でもフェクスン………!」
エルが言おうとするが、フェクスンは言葉を遮った。
「ただし、条件がある」
条件と聞いて男の顔が曇る。
「条件?」
「その石の使い道を正直に教えてくれない?物が物だからね」
フェクスンの言葉を聞いて男はどこか安心した感じだった。 「これほどの輝きを持つ石なんて今まで見たことも、存在しているとも聞いたことがありませんからね。これは宝石にするつもりですよ」
フェクスンはしばらく男を睨みつけるとエルに振り返った。
「……ねぇエル、どうせだから受けない?」
「え!?」
今まで否定的だったフェクスンが、やろうと言い出している。
「このままここにいたって僕はいいんだよ?でも先に進まないといけないんでしょう?」
「それは………」
フェクスンの言うことはもっともだ。こんな所で足踏みをしている場合ではない。相手の言うことが信用できない部分があるが、この際わがままを言っている場合でもないのだ
「………わかりました。やりましょう」
パッと男の顔が輝く。ソーサが一つため息をこぼした。
「私はこの隣の宝石店を営んでますので、見つけたらすぐ私のところに来てください!お待ちしてますから!!」
男はそれだけいうと風のごとく去っていってしまった。
「………あいつの本心くらいわかっているだろう?」
ソーサが念のため、という感じてエルに聞く。エルは頷いて返した。
「わかっています。渡さなくていいのなら、最後の最後まで渡さないつもりです」
「どうしても渡さなければならなくなったら?」
「………その時は……」
エルが言うのをためらった。ただ考えていなかったからでなく、そういうことにならなければいい、という思いからだった。
ソーサはそれを悟り、席を立った。
「それならもう行くとしよう。早いほうがいいだろう」
「はい」
ミランブを出て少し離れた所にある例の研究所へ向かう。山の込み入ったほうにあり、人があまり通らないところにそれはあった。分厚いコンクリートの壁に囲まれた研究所の前でエル達は立ち止まっていた。 「頼むよフェクスン」
コンクリートの分厚い壁には入り口が一つしかなく、しかもそこには何重にもセキュリティがかけられていて簡単に中に入れない。
こういうことに強いのは今フェスンしかいない。フェクスンはちょっと鼻高々に一歩前に進み出た。そして両手を腰にあてると、しょーがないなーと、気取って作業に取りかかった。
「それにしても、あまりよさそうな所じゃありませんわね」
ハリスが研究所の外壁を見回しながら言う。ハリスの言う通り、所々崩れて、トゲのあるツルが絡み合っている。
「ずいぶんそのままらしいな」
ソーサが壁を見上げた。エルも壁を見上げる。その時、カチャッという音がすぐそばでした。
「取れたよ」
フェクスンが愛用の機械ロボット、コポを拾い上げて小さくするとポケットにしまった。フェクスンはコポを使ってセキュリティを解除してたのだ。
「ありがとう」
エルがフェクスンに笑顔で言うと、フェクスンは顔を赤くし、うつむき加減でそそくさと先を進みだす。
「べ、別に」
「あ、照れてる」
後ろからきたハリスがフェクスンの頬を、ツンツンとつついた。フェクスンは、うるさいと言いながらそれを手で払いのながらもその力は弱い。
「あ、それと」
フェクスンが振り返る。
「この研究所、表向きはただの飾り。本命は地下にあるみたいだよ」
「地下か………」
エルは見えてきた研究所の入り口を見つめる。入り口の先が闇に包まれてなにがあるのか見当もつかない。
「大丈夫だ。何かあっても俺達なら乗り切れる」
エルの不安を感じ取ったのか、ソーサがエルの隣に来た。
「そうですわ。わたくし達なら大丈夫ですわよ」
「そうだよ。変なことなんて考えなくてもいいんだよ。ほら、早く行こうよ」
エルは仲間に手を引かれるような気持ちで研究所の中に入って行った。 フェクスンの言った通り、中は地下に部屋がいくつも造られている。各部屋ごとに何かの精密機械が置いてあり、何かの実験が行われたようだった。しかし今ではその面影は全くなく、ガラスは割れ、家具は腐食し、散々とした光景だった。
地下はそう深くなく、2階まで下がると一番奥の部屋に行きついた。その部屋にフェクスンの興味を引く装置があったので、まだ他の部屋を探していない三人は手分けをすることになった。
「あんまり無理しちゃいけませんのよ」
「なにかあったら、すぐ呼んでよ」
「ま、がんばれ」
それぞれが一人残るフェクスンに声をかける。フェクスンは小バカにされたように怒りながら三人をもと来た部屋の入口に押しやった。
「もう子供じゃないんだから!一人でも大丈夫だよ!」
フェクスンは闇の中へ消えていく、三人の背に向かって叫んだ。そして一人、モニターのような物が付いている装置へ向かった。
子供心に…いや、フェクスンの場合そのままの好奇心が沸いてくる。
「さぁて、始めようか!」
目をランランと輝かせたフェクスンの足元にはコポがもう準備万端でドライバーを手渡している。
「本当にこんな所にあるのですの?」
ざっと見て回ったが、お目当ての物はまだ見つかっていない。
「もしかしたら見落としたのかもしれないよ」
エルが元気付けるかのように言った。しかし、どの部屋も機械ばかりでほかの物が見当たらない。こうなったら棚を一つ一つあらためなければならないだろう。
「おい、あれはなんだ?」
ソーサが前を見ながら二人に言った。エルはソーサの視線の先を見た。そこには暗くてよく見えなかったが、複雑な模様が壁一面に描かれている。
「なにかの仕掛けかしら」
ハリスがまじまじと模様を見つめる。エルもそうする。特殊なインクで描かれているせいか赤い線の所々に光が反射されて光っている。エルはそっと模様に触れてみる。
「ちょ…エル!」
ハリスの呼び止めがむなしく辺りに消えていった。エルは振り返ったまま、まばゆい光が三人を襲い、そのまま飲み込まれていった。