No.1
天の悪戯 地の気まぐれ
「お前、そろそろ結婚しないか?」
十八才の青年に父が、楽しい夕食時にとつぜん話を切り出した。それに連動して少年の箸が止まる。が、再びその活動を再開した。
「べつに………」
青年のあいまいな返事に、父はため息をついたが、母が慌ててそれを打ち消した。
「じゃ、いいのね」
明るいその声は、何とかその場を取り繕うとしているのが見え見えだった。
青年は小さく頷くと、残りのご飯をかき込むように食べ、足早にその場から去った。青年がいなくなると、その場の重苦しい雰囲気がさっと晴れ、青年の兄弟の笑い声が青年の沈みきった心に重く響いた。自然と足取りも重くなる。
『結婚……か』
青年は重い足取りで階段を上り、自分の部屋へと向かう。階段を上ってすぐ手前にあるその部屋は、窓から簡単に屋根へと登れ、そこは青年の、唯一のお気に入りの場所だった。
いつものように屋根へと登り、空を見上げる。満天の星がきらきらと輝いて、青年はそれを見て小さくため息をついた。
『とうとう、この家にもいられなくなったな。ま、いつも望んでいたことだし。だって………』
青年は目を閉じ息を深々と吐く。昔から、この家にはいるようでいないような存在として扱われていたのだ。上の兄には勉強で劣り、下の弟には運動で負け、何一つとしてとりえのない平凡な人間なのだ。そして、特に父がそのことを嫌った。他の兄弟ができるから何かと比較される。青年にとってそのことが一番嫌いだった。誰も、自分を、本当の自分を見ようとしてくれない。そんな家がいやいやになってきていたのだ。
青年は目を瞑り耳を澄ます。下で楽しそうに電話口で話す母の声が聞こえた。
「――そう?お宅もいいですって?うちもよ。ええ。では今度の休みにでも……」
母の声に、青年はまた空を見上げる。
『今すぐにでも、ここから追い出したいのか。今度の休みって……明日じゃないか。僕だって、僕だってここにいたくない。いてはいけないんだ。こんな、こんな僕を腫れ物のように避けてきた家なんて……明日の相手だって、きっと同じ扱いをするさ。少しでも、せめて家にいてもいいくらいの小さな存在でも必要とされてもいいって、思ってたのに……』
青年は、星を見続けた。
星の光は、儚く輝き続ける。